39 / 42

39 最終話 1 ~邪魔すんな〜

「あ……っぁ、つ……つきもりっ、も……むり……っ、んっ」 「はい、いいですよ。先に……イッてください」 「そ……じゃねぇ……てっ、あぁっ、あ……っ」 「先輩……好きです」 「あっ、す、すき……だ……っ、ん……あぁ……っっ!」 「先輩……っ」  金曜の夜、月森は俺をしつこいくらに抱き潰した。  やっと終わると、俺を抱き上げて風呂に入れ、側仕えかのように世話をし、まだぐったりしてる俺をベッドで愛おしそうに抱きしめる。  月森が当たり前のように俺を甘やかすから、俺は素直に甘えることができた。  羞恥はもうない。月森の腕枕が首に馴染むくらいに、俺の頭を撫でる月森の手がないと落ち着かなくなるくらいに、月森は毎日俺を甘やかした。 「先輩、明日デートしませんか?」 「ん……デート?」  自分の声が甘く響いた。  月森に抱かれ愛された甘い気だるさが、いつも声に現れる。  必死に隠そうとしたのは最初だけだった。この声を聞いた月森がとろける顔を見せるから、隠すのをやめた。その幸せそうな月森の顔を、俺はいつまでも眺めていたい。 「はい、デートです」 「……それ、今までと何が違うんだ?」  もう何年も一緒にいるから、二人でどこにでも行ったし、なんでもやった。デートって言っても今までとどう違うんだ?  月森が首をかしげて考え込み、ぽそっとつぶやく。 「………気持ち?」  そりゃ気持ちは違うわな、と俺は吹き出して笑い転げた。  俺が笑うと、月森は目尻を下げて嬉しそうに微笑む。俺の笑顔がご褒美だと月森が言うから、いつでも素直に笑うことにした。月森が喜ぶなら一日中でも笑っていたい。俺を見て目尻を下げる月森をずっと見続けていたい。 「じゃあ……明日どこに行くか宿題な……」 「それいいですねっ。先輩もちゃんと考えてくださいね?」 「ん……わかった」 「ちゃんとデートですよ? デートっぽいところですからね?」  月森が何度も念を押す。バスケって言うつもりだったのがバレたか……。  さて。じゃあどこに行こうか。  気持ちが違うと言われれば、二人でどこに行っても何をしてもデートだと思うが……まぁ月森が楽しそうだから考えてみるか。  月森を見ると、デートの場所を考えているのか、表情がくるくると変わる。可愛いな、と頬を撫でた。  すると、月森が優しく笑ってキスをくれる。  いつも俺がキスをするとき月森の頬を撫でるから、それがキスの合図のようになって、頬を撫でると月森がキスをしてくるようになった。  今のは合図じゃなかったのにな、と俺は笑った。  月森が唇を離してきょとんと不思議そうにするから、「なんでもねぇよ」とまた頬を撫でた。今度はちゃんとキスの合図で。  まだ不思議そうにしながらも、月森は目尻を下げて俺の唇をふさぐ。  ゆっくりと月森の首に腕を回すと、月森は嬉しそうに目を細めた。 「ん……、好きだ……月森」 「好きです、先輩……」  月森の優しいキスで全身がとろける。ゆるゆると溶かされ、俺のすべてが月森に染まっていく。  本当に幸せだ。幸せすぎて怖いくらいだ。  明日はデートか。どこがいいんだろうな。  でも、外ではキスもできないから、家の中が一番デート気分な気がする。もう一日中月森と抱き合っていたい。  そんなことを考える自分がおかしくて、心の中で苦笑した。  月森とイチャつく時間を確保するために、これからは今まで以上に週末が忙しくなりそうだ。    翌朝目覚めるとすぐに、月森が笑顔で聞いてきた。 「宿題、考えました?」  キラキラした目で俺を見つめる月森に、考えてないとは言えなくて言葉につまる。  まずい。一日中お前とイチャつきたい……はねぇよな。デートだもんな。  いつもの過ごし方以外思い浮かばねぇ。……なんかねぇかな。 「先輩? まだ寝ぼけてます?」 「……うん」  ……そういう事にしよう。  目を閉じて月森にひっつくと、月森の優しい手が俺の頭を撫でて甘やかす。記憶喪失の間に本当の自分を散々見られたから、もう取り繕う必要がないのが嬉しい。本当に記憶喪失様様だ。  俺は寝ぼけた振りをしながら頭をフル回転させた。  そしてひらめく。そうだ。月森に提案するつもりだったアレにしよう。 「月森、ベッド買いに行こう」 「え? ベッド?」 「もっとおっきいベッドにしようぜ。せめてセミダブル」 「えっ」 「ベッド二個もいらねぇよな。おっきいの買ったら捨てようぜ」    今は毎日一緒に寝ているから、大きいベッド一つでいい。 「……いや、でも先輩……」  言いずらそうに月森が口ごもる。 「なんだよ。せまい方がくっつけていいのにってか?」 「えっ、いや、違くてっ。あ、いや、それは確かにそう思いますけど、そうじゃなくて」  やっぱりそう思うのか、と顔がにやけた。ほんと可愛い奴め。 「そうじゃなくてなんだよ」 「あの……先輩のお母さんが来た時に……見られちゃうなって思って」 「別にいいだろ見られたって」 「え……」 「あ、母さんにはもう話したから」 「……え、っと、あ、記憶が戻ったことは俺も話しましたけど……」 「そっちじゃねぇよ。俺たちのこと」  月森が石のように固まって動かなくなった。  表情筋、死んでるな。 「おい、大丈夫か?」 「……ど……」 「ど?」 「……どんな……反応……でした、か?」  青ざめる月森に、どう話してやろうかと一瞬迷い、苦笑が漏れた。   「月森と付き合うことになったから」 『え?』 「そういうことだから。じゃ」 『ちょーーっと! 待ちなさい! どういうこと?!』  母さんから「記憶戻ったんだって? よかったわね」と電話がかかってきた。月森から聞いたんだろう。報告しなきゃなとは思っていたから、手間が省けた。月森サンキュ。  その流れで、どうせバレるんだし言っとくかと月森とのことを伝えるとこれだ。  母さんには俺の性指向はとっくにバレていたし、月森を好きなことも言い当てられた。面倒な報告は簡潔に。そう思ったのに電話を切る事ができない。深いため息が出た。 「だから、月森と付き合うことになったんだって」 『付き合うって……恋人ってこと?!』 「だから、そうだよ」 『ほ、本当にっ?! 本当なのっ?!』 「だからそうだっつってんだろ」 『き……キャーーーーッ!!』  母さんの声がスマホ越しに響いた。  何かをまくし立てるように話していたが、ほとんど聞き取れなかった。「よかったねぇ月森くん!!」だけははっきり聞こえた。 「……なに、月森が俺を好きだって知ってた?」 『知ってるわよっ。一目瞭然だものっ』 「いや……そんなわけねぇだろ」  俺は全然気が付かなかったぞ。 『えー?! 知ってて対象外なのかと思ってたけど違うの?』 「……対象外……だったら付き合ってねぇ」 『そっかそっかー! 記憶がない間に好きになっちゃったものねぇ〜』 「……別に。……ただずっと好きにならねぇようにしてただけだ」 『えっ?! なになにちょっと、話聞きたい! 明日そっち行くから!』 「は? 来んなよ」 『なんでよ!』 「邪魔すんな」 『……え、それってもしかして、イチャイチャしたいからとかそういう……』 「だったらなんだよ」  俺の答えに母さんの叫び声が響き、マジで鼓膜が破れるかと思った。 「ああ、そうだ。一つ言いたいことあったわ」 『え、なになに?』 「俺の鼻、馬鹿になってたらしい」 『どういうこと?』 「母さん、香水つけすぎ。マジで臭ぇわ」 『え〜? これくらい普通よ〜』 「いや。臭ぇしケバいし、病院で会ったとき誰だこのケバいババア、って思った」    相当ショックだったのか、『ケバいババア……』とつぶやいたきり、スマホの向こうが静かになった。  これで次回会う時はきっと少しはマシになってるだろう。    

ともだちにシェアしよう!