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3.Mr. Liar

 そうして、4人は2、3週間に1度のペースでスタジオに入るようになった。  絢也は、温度感が一緒の仲間とやれるということがこんなに楽しいのだと初めて知った。  絢也が持ち込んだオリジナルの音源、といってもギタメロに適当な仮歌を乗せて家で録ったものに、ベースのコード展開のメモ、ドラムに至っては「4つ打ち」とか「シャッフル」とか「ブリッジでブラスト」などと書きなぐった紙をくっつけただけのものだったが、それにも3人はすぐに食いつき、あっという間に群がってああでもないこうでもないと音を出し始めたものだから、絢也が自分のコーラス用に立てておいたマイクをむしり取って「うるせえ」と喝を入れたほどだ。 「あのさ、相談なんだけど」  スタジオ後恒例のファミレスミーティングで、絢也が山盛りの唐揚げを頬張りながらおもむろに切り出した。 「結構、オリジナルの方、いけそうだと思うんだけど、俺。どう?」  絢也の問いに、3人がそれぞれ肯く。 「まだ全然自分のもんにはなってねえけど、うん、俺はいいと思う。なんかこう、暗くて激しいんだけどメロはしっかりあって、すげえ絢也っぽいよな。いや、いい意味よ?」 「俺もそう思う」 「歌詞は俺、少しいじりたいかなあ。いい?」 「それは全然、士郎の好きにしてもらっていいよ。ボーカリスト様にお任せします」  士郎も乗り気でいてくれることが嬉しくて、絢也は照れ隠しに少しふざけた。 「でさ、それなら、ちょっとライブの予定、変えようかと思って」  最初はとりあえずコピーだけですぐにライブをやろうと思っていた。  だが、絢也が持ち込んだオリジナル曲へのメンバーの反応が思っていたよりはるかに良くて、これなら、最初からオリジナルで活動していくべきじゃないかと思えてきたのだ。  ライブでの盛り上がりは誰もが知っているコピー曲の方が断然いいに決まっている。集客も然りだ。  でも、あえてそれを捨ててでも、オリジナルで挑戦したい。  3人の反応に、絢也は背中を押された気持ちだった。 「いいんじゃない? 俺はそれでいいよ」 「その方がイメージ固まるしね」 「おっけー、じゃあ、最初のライブでやるやつ決めたいし、これから詰めてこうか。タイトルは今俺が勝手につけてるけど、なんか違うのあったら言って。特に士郎」 「へ? なんで俺?」 「なんでって、歌詞を歌うのお前だろ。そのイメージと合う曲名にしたいから」 「そっか、わかった。歌詞と一緒に、考えてみる」  こうしてそれぞれが本格的に作詞、編曲、アレンジに取り組むことになり、スタジオではそのフィードバックがメインになっていった。  季節は移ろって秋から冬へ、そして春の足音が聞こえてくるようになり、4人は揃って高校3年生になった。  同級生は進学組が受験勉強、就職組は進路指導の面談で忙しくなる中、4人はいよいよ5月頭に初ライブのブッキングが済み、そこへ向けて最後の追い込みにかかっていた。 「フライヤー、刷り上がったって、これ。昨日もらってきた」 「おー、すげえ! なんか俺らプロみてえ」 「拓郎、なにそのヒトゴト感丸出し」 「そりゃ、プロ志向の連中ばっか出るイベントだし、まあそれなりにちゃんとしてるよな」 「参加費の違いにそこを感じる」 「直樹ー、お前さあ、その万年貧乏発言なんとかならねえの?」  いつものスタジオで、絢也がカバンから出した、出来上がってきたばかりのフライヤーを手に取りながら、各々が口々に感想を述べる。  アマチュアばかりを集めたイベントではあるが、主催である地元のベテランセミプロバンドから声のかかった実力あるバンドだけが出られる、敷居の高いものだった。  絢也の馴染みのライブハウスのオーナーである安藤(あんどう)が、絢也がいよいよプロ志向で活動し始めたことを聞きつけ、人脈を使って口をきいてくれたのである。 「Mr. Liar……」  絢也の指が、1番下に書かれた自分たちのバンド名をなぞった。  バンド名は士郎のアイデアだ。  士郎らしくて絢也はひと目で気に入ったし、直樹、拓郎も異議はなかったから、すんなりそれに決まった。  ロゴはシンプルに、少しだけ飾りを入れてシャープな感じに仕上げた。  これは絢也がいくつか作成した案から3人に選んでもらったものだ。 「うひゃー、なんか今から緊張してきたぜー」 「拓郎が言うと全然緊張してるように聞こえないからすげーよな、ある意味」 「おーい、そろそろ始めるぞー」 「ういー」  一番の下っ端である絢也たちに与えられた演奏時間は15分。演れて3曲がギリギリだ。  それでも、全曲オリジナル、演り方も観せ方も自分たちが全部考えてしなければならないと思うと、緊張感もプレッシャーも半端ではなかった。  チケットも、それぞれの知り合いや元のバンドからのファンの子たちのネットワークを頼って必死に捌いてはいるが、やはり持ち出しは多い。  新しいことに挑戦するということの厳しさを、絢也は身をもって感じていた。  それからは飛ぶように毎日が過ぎ、あっという間に当日がやってきた。  本番は午後5時から、その前にリハが昼過ぎからあるため、絢也たちは朝にスタジオで1時間だけ最後の音出し、というよりはもはや準備体操のようなことをして、ファストフード店で慌ただしい昼食を取ると、全員で会場へ向かった。 「おはようございまーす、Mr. Liarです、今日はよろしくお願いします!」 「ライブハウス ルチア」と看板のかかった会場のドアを開けて中に入り、絢也がフロアに向かって声を張り上げた。    何事も最初の挨拶が肝心だと、この数年間のバンド経験から絢也は身に染みていた。  絢也の声に、年嵩の男性が振り向く。 「おー、君らかー、安藤さんが言ってたのは。今日はよろしく頼むよお」  おっとりとした口調の男性は清水(しみず)と名乗った。  今日の主催であるバンド、Roninのボーカルで、リーダーを務めている人物だった。  安藤とはかつて一緒にバンドを組んでいたが、途中で安藤はライブハウスの経営に乗り出し、清水と袂を分かつことになったのだという。 「いきなり電話がかかってきて、『高校生なんだけど、すごい腕のある子たちだから!』って言われて、最初なんの話かと思ったよねえ」 「す、すいません……」  笑う清水に絢也が赤面する。  士郎は安藤のライブハウス主催のイベントに出ていたから、その力量は分かっていただろうが、直樹と拓郎のことまで安藤が知っていたかどうかは怪しい。  それでも、絢也が集めたメンバーなのだから、と信頼して売り込んでくれたのが分かって、絢也は胸が熱くなった。 「そいじゃ、これから逆リハやるけど、君らは3時からだから、それまで昼飯食いに行っててもいいし、邪魔にならないようにしててくれればここで見ててもいいよ」 「昼飯は食ってきました。ぜひ、見学させてください! あ、それでいいよな?」  慌てて後ろの3人に確認をとると、全員頷いたので絢也はホッとする。 「ははは、そうか。いやあ、さすが高校生。元気がいいねえ」  清水はそう言って笑うと、自分たちのリハの準備をしにステージへ上がっていった。 「マイクもう少し上げてください!」 「ベースの返しもう少しもらえますかー?」  リハーサルは少し押しながらも概ね順調に進み、ようやく絢也たちの番だ。  複数のバンドが出るイベントでは、本番で最初に演奏するバンドのリハーサルを最後にすることで、セッティングをそのままステージに残しておけるようにする。  これがいわゆる「逆リハ」というものだ。  だから、本番では一番最初の出番である絢也たちが、リハーサルでは最後となる。  リハを見学させてもらっていた4人は、トリのRoninをはじめ、出演者がみな場数を踏んだ経験者ばかりで、やや気圧され気味になっていた。  だが、今自分たちがやるべきことは、自分たちが半年かけて作ってきたものを、今できる最善の形で観せるだけ。  そう全員が意識していた。 「じゃ、もう1回サビ前から」  リハーサルでは曲の頭と、気になるところだけを演奏し、各パートの音量やバランスを確認していく。  これを間違えると曲が台無しになるし、最悪の場合、自分の音や他の楽器の音が聞こえなくて大惨事になる。 「いい? じゃオッケーです! 本番よろしくお願いします!」  全員で頭を下げて、機材はそのままに楽屋へ引き上げる。  先にリハーサルを終えていた他の出演者たちに挨拶をしつつ、絢也たちは緊張でガチガチになりながら衣装に着替え、髪をセットし、メイクを施して本番を待った。  士郎はひたすら歌詞を描きつけたメモ用紙で最後のおさらいをしている。  拓郎は腹が痛いと言ってトイレに行ったきり、戻ってこない。  直樹に至っては、完全に心ここにあらずだった。  不安しかなかったが、絢也は、絶対やれる、俺たちはやれる、と呪文のようにくりかえし唱えていた。

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