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18.手に入れた、愛しさ**

「やっば……俺、素質あんのかな」  士郎がポツリと漏らした声で、絢也は我に返った。  さんざん喘いだからだろう、少し掠れた声がなんとも色っぽい。  ずるりと力なくなった自身を引き抜けば、小さく声を上げて、身をふるっと震わせるものだから、それにすらまた腰に熱が集まりそうになる。 「素質って?」  後処理をしながら絢也が尋ねた。  盛り上がるがままに事を進めてしまったが、そう言えば士郎にはどのくらいの知識があったのか、今更のように絢也は気になった。  それにしても、事後感ダダ漏れの気怠げな雰囲気をまとった士郎が、自身が飛ばした精液を拭き取ろうとティッシュで腹から胸元にかけて拭う姿は、今の絢也には刺激が強すぎる。  直視できなくて、思わず目を逸らした。 「いや、そのさ、俺も、少し調べたのよ。男同士ってどうやるのかなって」 「お、おう……」 「でさ、風俗とかでも前立腺マッサージとかあるし、そこで感じるんだろうなってとこまでは分かったんだけどさ、やっぱりいきなり気持ち良くなるのは難しいって、書いてあったからさ」 「風俗」という言葉が士郎から出たことに、ざらざらした不快感を覚えた絢也が、顔をしかめる。 「お、俺はそんなとこいったことねえからな! ただ、ダチとかから聞いたことがあっただけで」  士郎が絢也の表情に慌てて言い添えた。絢也は眉を上げ、肩を竦めた。 「ふーん」 「なんだよ、その反応。……まあ、それで、俺としてもさ、もともと入れるとこじゃなくて出すとこ使うわけだし、最初は痛かったり気持ち悪かったりすんのかなって思ってたわけ。だけどさ」  そこで少し言葉を切った士郎に、自分の処理は終わった絢也が寄り添うようにベッドに上がった。気まずい沈黙ではなく、照れ臭さと恥ずかしさで言い淀んでいるだけであることがなんとなく伝わってきて、絢也までむず痒い気持ちになる。  黙って士郎の髪の毛を撫でる絢也に、耳まで朱に染めて俯いたまま、士郎が続けた。 「その……お前とすんの、めちゃくちゃ気持ちよかった、から。俺、そっちの素質あったのかって」  士郎が最後まで言い終える前に、嬉しくて、絢也は士郎を抱きしめていた。  抵抗することもなく、むしろ甘えるように頭をすり寄せてくる士郎が可愛くて、愛おしくて、絢也はそのまま自分の心臓が爆発してしまうのではないかとさえ思った。  士郎の頭に、1つ、2つとキスを落とす。 「嬉しい」  思ったより上擦った声が出て、絢也は少し恥ずかしかった。  昼前に、絢也は佐伯から電話を受けた。 「……はい。ええ、問題ないです。はい。了解です」  電話を終えると、隣に座る士郎の髪の毛を指で梳いた。  胸下までの長さの、クセのない真っ直ぐな黒髪。  どうも、この触り心地はクセになりそうだ。 「……あいつ、プロデューサー降りるって」 「まあ、だろうな。あれでのうのうと続ける気だったら逆に引くわ」 「ああ。まあ後は俺だけでもできるし、問題ない」  言い切る絢也に、士郎が口の端だけを上げて応える。 「会社にはなんて言ってたの、あいつ」 「階段から落ちてあばらにヒビ入ったって。全治3週間だそうだ」 「おおー、結構いったなあ」  ヒビの原因である張本人が、涼しげな顔をして他人事のように言う。 「お前の足の威力すげえな」 「まあな。あん時は頭にきてて、手加減できなかったから」  それを聞いて、嬉しく思う自分は少し性格が歪んでいるな、と絢也は思った。  アルバム制作の残りの工程は、絢也が知り合いのアドバイスも受けながら独力でやり切った。  むしろもっと前からこうすべきではなかったのかと思うほど、思うままこだわりを詰め込むことができて、絢也としては大満足の出来栄えだった。  絢也の手応えを裏付けるように、9月頭にリリースされた4枚目のアルバムは、発売初日から売れ行き好調で、オリコン週間アルバムチャートでは堂々の初登場19位につけた。  これにはメンバーも大喜びで、2週間後から始まる全国ツアーにも気合いは十分であった。 「んんッ……ちょ、あんまがっつくなってば、ッ」 「無理」  絢也が士郎と結ばれてから、初めての全国ツアー。  アルバム制作の間は3日と開けずに士郎の家へ通っていた絢也も、メンバーのいる前では触れたくても触れられない。  夜、ようやく解放されても、翌日も公演が控えていれば、士郎の体にかかる負担を思うと手が出せない。  そのもどかしさから、絢也は士郎にいっそう触れたくて仕方なくなっていた。  抱けば抱くほど感度を増すように感じられる士郎の身体は控えめに言っても極上で、味わっても味わっても、すぐに欲しくなってしまう。  歯噛みしそうなほどの我慢の末ようやく訪れた、明日はフリーという夜に、ようやく絢也は士郎に触れる許可を得たのだった。  そこでがっつくなと言われても、無理としか返事のしようがない。  ——それに……  絢也は士郎を組み敷きながら、ステージでのこの男の様子を思い出して、熱っぽいため息をついた。 「だって、ステージであんなに色気振りまかれたら、余計な虫がつきそうだし」  自分の目のせいだけではない、と絢也は半ば確信していた。  士郎は明らかにステージングに色気が出てきている。  前にはなかった魅力が、確実に士郎に備わりつつあった。  筋肉がつかないと嘆いていた細身の身体はしなやかにのけ反り、目を細めて観客を煽る様はまるで色事を連想させる艶やかさだ。  それでいて、挫折を乗り越えさらに表現力を増した声は、シャウトから切々と歌い上げるバラードまで自由自在で、誰だって一度聞けば、見れば、士郎の虜になる。  ——俺に、こんなに醜い独占欲があったなんてな……  自慢したい、見せびらかしたい。  士郎は、綺麗だろ? すごいだろ? たまらないだろ? でも、こいつは俺のだ。指一本、触らせねえ。  そう思う反面。  誰にも見せたくない、誰も士郎の魅力に気づかなくていい、自分だけが知っていればいい。  なんなら、このままどこかに閉じ込めてしまいたい……  そんな、昏い欲求も湧き上がる。  絢也は、そんな自分の抱える矛盾に、舌打ちしたい気分だった。 「色気って……お前がそう言う目で、見るからだろッ、ん、ッ……」  性急な手つきで肌をまさぐる絢也に、士郎も体温を上げてゆく。 「いーや、絶対お前のことを良からぬ目つきで見てる奴らは増えてる」 「よからぬって……ぁ、ッ」  くすぐったがりだった士郎は、絢也の予想通り、感度抜群の身体へと変貌を遂げ、今では絢也に肌を撫でられるだけで、すっかり息をあげるようになっていた。 「だから、俺だけのものって、お前にマーキングしときたいの」 「ッ……」  気障ったらしいセリフを臆面もなく言ってのける絢也に、士郎が赤面する。  その隙に、絢也は士郎の胸元をキツく吸った。  身体を走るチリリとした痛みに、士郎が眉根を寄せる。 「、見えるとこは、やめろよ……」 「お前がこんなところ見える服着なければ、大丈夫」 「ッぁ、……や、ぁあ」  触れられる事を待ち望んでいたかのように、すでに硬く勃ちあがっていた胸の飾りを柔く口に含まれて、士郎は蕩けた声をあげた。  まだ自分がそんな甘ったるい声を上げることに抵抗があるのか、手の甲で口を押さえようとするから、絢也はその手を掴んで退けさせる。 「士郎、言ってるだろ……声、聞かせて」 「だって、こんなん、キモいだけだろッ……ッは、ぁ、んんッ」 「キモいなんて一度でも俺が言ったことあるか? ……こんなになるくらい、そそるんだけど」  絢也が士郎の太腿に、すでに張り詰めて熱を溜め込んだ己を押し付けて、その存在を知らせる。  絢也が小さく息を飲んだのを見て、絢也は満足そうに唇の端を吊り上げた。  とかく、士郎に対してはなぜかサディスティックな欲求が出てきてしまう。  もっと恥ずかしがらせたい、なんなら半泣きの顔なんてめちゃくちゃそそる。  底知れない己の欲求が、少し恐ろしくもあった。  だが、顔を上気させて眉を下げた士郎の顔を見ると、どうにも押さえが効かなくなってしまうのだ。 「ぉ前、人格変わりすぎだろッ……俺とこうなるまで、めちゃくちゃビビリだったクセに、ッ」 「そうだねえ、そんなこともあったねえ」 「やッん、それ、あ、絢也ぁ、ッ」  都合の悪い事を持ち出されると、身体で黙らせるのも卑怯だと思う。  だが、再び胸の尖を今度は強く吸われ、もう片方も指で摘まれてコリコリと押し潰されるように弄られ、士郎はもうされるがままに声を上げることしかできなくなった。  ビクビクと跳ねる体をしならせながら、士郎は腰をくねらせて、自分の勃ちあがった雄を絢也に擦り付けるように動いている。  おそらく無意識だろうその淫らな動きに、絢也は顔がだらしなく緩むのを止められなかった。 「ん、もうこっち、欲しい……?」  あえて擦り付けられている士郎の雄には触れず、その奥の窄まりを撫でるように指を滑らせる。  その感触に、士郎はビクッとひときわ大きく身体を震わせ、熱い吐息を漏らした。  熱に濡れた瞳を薄く開いた士郎は、まだ理性が残っているのか、欲しがることを躊躇っている。  ——少し、急ぎすぎたか……  絢也は内心、舌打ちをした。  士郎の身体しか知らない絢也は、耳年増とはいえ、どうしてもまだ思い描くように士郎を甘やかして、蕩かすには手腕が足りない。  手慣れた男なら、士郎ほど感じやすい身体であれば簡単に思い通りの反応を引き出すことができるのだろう。  それが、絢也には悔しかった。  だが、そのために士郎以外の男を抱いて経験値を積むなど、考えるだけで悪寒がする。  とにかく、手探りで士郎の快感を引き出すことに専念するしか、道はなかった。 「ん……欲し、い」  まるで、そんな絢也の頭の中を見透かしたように、士郎が涙の膜を張った瞳を細めて、ふわっと微笑む。  「花のような笑顔」という比喩表現を、言葉としては知っていた絢也だったが、本当に花の咲いたような笑顔が存在するとは、士郎を見るまでは思いもしなかった。  士郎を愛しいと思う気持ちが急激に込み上げてきて、絢也は胸がきゅっと音を立てるような感覚を覚えた。

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