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20.ともに生きる**

「よし、っと。お疲れ」 「うわ~、着いたー!」  1週間後、絢也の運転で絢也と士郎は熱海の温泉街へ来ていた。  群馬の草津と迷ったが、都内からなら2時間以内で行ける手軽さと、良さそうな宿も見つかり、熱海に軍配が上がった。  宿は、伊豆半島の沿岸沿いの、相模湾を一望できる場所にある旅館を予約した。  他の宿からは少し離れて立つ、やや隠れ家的な雰囲気を絢也がひと目で気に入って、そこに決めたのだ。  士郎は観光する気満々で温泉街を歩きたがっていたが、絢也の目論見はもちろん、宿で士郎と2人の、いつもとは一味違った時間を過ごすこと。  そうなれば、開けた場所にある賑やかしい宿は候補から外れていった。  部屋もせっかくなので少し奮発して、露天風呂付きの貴賓室を予約した。  このことは、士郎には内緒だった。  予約は自分がするからと言って、士郎を驚かせるつもりでこの部屋にした。  もちろん、士郎には通常の部屋の料金だけをもってもらい、残りは自分が出すつもりでいた。  フロントでチェックインを済ませ、仲居に部屋を案内されると、士郎が口を開けたまま入り口で固まった。  仲居が不思議そうに振り返り、士郎へ声をかける。 「どうかなさいましたか?」 「あ、え、いいえ!」  引きつった笑顔で仲居に返事をしたあと、窓の外の海を眺めていた絢也に士郎が駆け寄り、脇腹をつついて小声で話しかけた。 「おい! この部屋、高いんじゃねえの? なんか、外に露天風呂までついてっけど!」 「んー? お前は心配しなくていいよ。俺がこの部屋を気に入っただけだから。お前は俺が言った金額だけ払ってくれれば大丈夫」 「いや、どう考えてもあの値段じゃねえだろ、ここ! お前は、またそういう……」  小声で言い争いをしていた2人だが、仲居が困ったように声をかけあぐねていることに気づき、一旦黙り込んだ。  部屋の仕様と夕飯の内容、風呂の利用時間などを一通り説明してくれたあと、仲居が下がると、士郎が再び絢也に詰め寄った。 「お前さあ、そういうの、やめねえ? 前から言ってんじゃん。自分でなんでも決めて、その負担をぜんぶ自分で背負おうとするの。お前の癖だよな」  そう言われると、さすがの絢也も少ししょげた。  士郎の驚く顔、そして喜ぶ顔が見たくてそうしたわけで、差額くらいなんでもないと思っていたのだが、言われてみればそういう捉え方もできる。 「いや、俺は、お前を驚かせたくて……喜んでくれるかと、思ったから」  目に見えて落ち込む絢也に、士郎が慌てる。 「ああ、悪い、そうじゃねえんだ。もちろんお前の気持ちは嬉しいよ? 実際、めちゃくちゃ驚いてるし……だけど、それにかかった金をぜんぶ自分が払おうっていうのは、なしにしようって言ってんだよ。これからも俺たち、2人でやっていくんだろ? そしたら、負担はできるだけ平等な方がいい」  な? と俯いていた顔を覗き込まれて、絢也は胸がギュッと締め付けられるように感じた。  ——これからも、俺たち、2人で。  士郎が当たり前のように自分たちの未来を思い描いてくれていたことが、嬉しくて、考える前に身体が動いた。  きつく抱きしめられて、士郎が驚いた顔をしたあと、目を細めて、絢也の身体を抱きしめ返す。 「ありがと、士郎」  小さな声で、それだけいうのが精一杯だった。 「はぁ~腹いっぱい! もう入んねえ!」 「だな。さすがに俺も高校の時よりは食える量落ちたって、実感する」  良い部屋にしただけあって、食事も豪勢なものだった。  地場産の魚介、ブランド牛のステーキ、天ぷら、とメインが連発され、鍋までついてきた。  最後の白米はもう意地で口に入れていたと言っても過言ではない。もったいないことである。  仲居が膳を下げたあと、布団を敷いてくれた。  隙間を開けて2つ並べられた布団を見て、士郎が何やら寂しそうな顔をしている。 「どうした?」 「いや、まあ、そうだよな……俺たち、ダチ同士で遊びに来たように、見えるんだよな……」  夫婦やカップルであれば、布団はくっつけて並べられる。  そのことを士郎は言いたいようだった。  マイノリティ慣れしている絢也からしたら、自分はとっくに通り過ぎて、もう当たり前になっていることに士郎がいちいちぶつかっては悩むのが、くすぐったいような、少し切ないような、複雑な気分だった。  その初々しいとも言える反応になぜか苛立ちにも似た感情が込み上げてきて、絢也の胸の内をどす黒く染める。 「……そうだよ。俺たちが一緒に生きていくっていうことは、これからも、こういう場面に何度もぶつかるっていうことなんだよ。お前は、なんでも半分こ、一緒に背負おうって言うけど、この先、お前には重すぎて背負えないものだって、あるかもしれない」  こんなときに話すべきことじゃないのは、わかっていた。  それでも、絢也には止められなかった。  士郎との幸せな日常のすぐそばに潜む、深い深い地面の裂け目。  それを見ないふりは、絢也にはできなかった。  身体を固く強張らせて目を合わせない絢也に、少し上から柔らかい士郎の声が降ってくる。 「……それは、俺だって、覚悟してるよ。口で言っても、絢也は信じないと思うから、だから、お前のそばにいて、お前が信じられるまで、証明し続ける。だから、頼むから、最初からそうやって拒絶すんのだけは、やめてくんねーかな」  士郎の指が、絢也の手に触れて、そのままそっと握られた。  絢也よりも高い位置にある士郎の頭が、絢也の頭にコテンと寄せられて、そのまますりすりと甘えるように揺らされる。  その感触が愛おしくてたまらなくて、絢也は泣きそうになった。  一体、士郎は何度、自分の壁をぶち壊して、手を差し伸べてくれるんだろう。 「お前には、かなわねーわ……」  涙に少し掠れた声が、しんと静まりかえった部屋に響く。  今まで、ひとりが当たり前だった。  なんでもひとりで背負うのが、当たり前になりすぎて、士郎にいちいち言われてようやく気づく。  ——誰かと生きるって、こういうことなのか……。  今までになかった選択肢を前に、自分が臆病だということを痛感した絢也だった。 「うひょー! さぶっ! ほら絢也、早く来いよ!」  満を持して部屋の外にある露天風呂に繰り出したはいいものの、外は11月の夜の海辺である。  海風が容赦無く吹き付ける中、寒い寒いと連呼しながら全裸になった士郎が湯船にザブンと浸かった。 「はあああ~、しみるううう」 「お前、おっさんくせえぞ」  士郎の裸に兆しかけた絢也の雄も、吹き荒ぶ冬の風にあっという間に縮こまった。  士郎の後を追って、絢也も湯船に入る。 「はああああ……」 「お前も声出てんじゃん」  士郎が笑うから、絢也はつい悪戯心が芽生えた。 「違う声、出させてやろうか……」  髪を括ったうなじから、首筋にかけてつつ、と指でなぞると、小さく声を上げて士郎が身を震わせる。 「ゃ、めろって、ここ外だっつの! 隣の部屋に丸聞こえ、ッん」  そう言いながらも、胸元を撫でると満更でもない反応が返ってくる。下に目をやれば、透明な湯の中で、士郎のモノがやんわりと勃ちあがりかけているのが見て取れた。 「声、我慢して……」  バシャ、と音を立てて絢也が士郎の身体を抱え上げた。  何をしようとしているのかわかった士郎が焦った顔で抵抗するが、そう広くはない湯船で暴れれば派手な水音が響いてしまう。  それを計算済みの絢也は、難なく士郎を自分の足の間に囲い込むことに成功した。  後ろから覆いかぶさるように肩に頭を載せて、両の手で士郎の胸の飾りを摘む。 「ぁぁ、……ッ」  押し殺した喘ぎが一層いやらしくて、絢也はすぐにツンと硬くなる赤い粒をくりくりと捏ねるように刺激する。  胸を突き出すようにのけぞる姿が、酷く淫らだ。  与えられる刺激に我慢できず小さく跳ねる腰に、絢也のすでにいきり立ったモノが当たって、士郎が顔を真っ赤にした。 「ゃ、絢也の、当たって……」 「士郎がエロいから」 「そん、ぁあ、ッふ、ぁ、ッ」  士郎が身をよじるたびに、パシャ、パシャと柔らかく湯が跳ねた。  源泉掛け流しとあった風呂の湯は、普段入っている水道水とは全く違って、肌あたりが柔らかく、士郎の肌もいつもにも増して滑らかに感じられる。  絢也は片方の手を下に持っていき、湯の中で存在を主張している士郎のモノに触れた。 「ぁあッ……!」  その途端、士郎の口から堪えきれない声が漏れる。  竿を緩やかにしごきながら鈴口をくにくにといじめる絢也の指に、湯とは違う、ぬめりを帯びた液体が触れた。  直接的な刺激にビクビクと身を震わせながら、抗えない快感にどんどんと溺れていく士郎が艶かしい。 「ぁ、あ……だめ、そんな、したらッ」  こっちまでのぼせそうになる、甘い甘い声。 「そんなに、したら?」 「出ちゃ……湯が、汚れる、ッ」 「ああ、んなこと、気にすんな」  ——ほら、イって。  士郎を一層激しく責め立てながら、絢也が士郎の耳元で囁く。  その声に誘われるかのように、一際大きく腰を跳ねさせて、士郎が湯の中に白濁を吐き出した。 「はあ、ッ、は、ぁ……」 「気持ちよかった? 海を見ながら、思いっきりイけて」 「おまッ」  士郎は振り返って絢也を睨みつけたが、上気した目元で力なく睨まれても、ちっとも迫力がないどころか、むしろゾクゾクする。 「さすがにのぼせるな。上がるか」  士郎の抗議もどこ吹く風で、絢也が先に湯船から上がり、ヘロヘロになった士郎に手を貸した。  艶やかな肌を朱に染めた士郎は下半身を直撃する美しさで、攻撃的な角度に勃ちあがった雄を隠そうともしない絢也に、士郎が目を泳がせる。 「ほら、湯冷めしねえうちに、早く部屋入るぞ」  誰のせいでこんな長風呂することになったと思って、とブツクサ文句を言う士郎に、絢也が頭からバスタオルをかぶせて黙らせた。

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