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21.本気モード**

「ほい」  これお前の分、と浴衣と帯を放ると、士郎は「着るの?」と言いたげな、意外そうな顔をしていて絢也は思わず笑ってしまった。 「なに? すぐヤりたかった?」 「なっ……!」  再び茹で蛸のように赤くなった士郎をからかって、絢也はさっさと自分も浴衣に着替えると、部屋に備え付けの冷蔵庫へ向かった。  来る途中に寄った道の駅で、美味そうな地酒が売っていたので買って冷やしておいたのだ。  グラスを2つ出して、半分ほど注ぐ。 「あ、それ、今開ける? 持って帰るのかと思ってた」 「あー、それでもよかったけどな。風呂上がりに飲んだらうまそうかなって」 「確かに。うまかったらまた同じもの買って帰ればいいもんな」  風呂上がりにそのまま裸で布団にもつれ込むのも悪くはなかったが、絢也はせっかくゆっくりとした時間が過ごせるのだから、もっとじっくり士郎を堪能したいと思っていた。  浴衣の士郎も、酒に酔ってとろんとろんになった士郎も、全部独り占めできる。  こんな機会、今を逃したら、きっとない。  実際、髪を括ってうなじを晒した士郎の浴衣姿は、裸とはまた違った色気で絢也の腰にきた。  この士郎が酒にほどよく酔って、蕩けた頃に、浴衣を暴いて、匂い立つような花をいただく。  それを想像しただけで、ゾクゾクした。 「うわ、これ、めっちゃ美味え」 「ん、思ったより辛口だな。美味い」  なんとなく隣り合って座ると、グラスをカチンと合わせて、傾ける。  舌にピリッとした辛味が走り、すぐに燃えるような熱さに変わる。  それでいて喉越しは軽やかで、すいすいと飲めてしまう。  上質な酒ならではの飲み口だった。 「やばいね、すぐ空いちゃいそう」  すでに何杯目かのお代わりを手酌で注いだ士郎が、グラスの中の透明な液体を見つめながらふにゃりとした笑顔で言った。  すこぶる上機嫌なのが見て取れる。 「足りなかったら自販機で何か買えばいいよ」 「あーでも今日はなんか量より質かも。いいもん食ったし、いい風呂入ったし。酒もうまくて、もう最高……」  いい酒は人を饒舌にする。  いつもは時間を惜しむように身体を繋いでいたが、こうして士郎と2人きりでゆったり過ごすのは、おそらく出会ってから初めてで、絢也はなんとなしに、ポツリポツリと話し始めた。  小さい頃のこと、ゲイだと自覚したきっかけ、ずっと一人だったこと、士郎を初めて見たときから、惚れていたこと……。  士郎が優しい目で聞いてくれるから、何故だか絢也は止まれなかった。 「俺、家族にはカミングアウトっつうの? してねえんだ。もともと親とも弟とも、仲悪かったし、ドン引きされるの、目に見えてたから。親は、ピアノを続けて欲しかったんだと思うけど、俺、無視してギター始めて、一方的に東京行くって言って、こっち来ちゃったし」  目を細めた士郎が手を伸ばしてきて、そっと絢也の頬に触れる。  その指の熱さに気を取られているうちに、士郎の顔が近づいてきて、気づく間も無く唇を重ねられた。  チュ、と音を立てて離れて行った唇を、無意識に目で追ってしまう。 「話の腰折ってごめん。でも、どうしてもしたくなったから。……お前がそういう話、してくれんの、初めてだよな。だから、なんかすごく、嬉しいし、ありがとう」  そう言うと、もう一度唇が重ねられる。  士郎の唇はしっとりと熱くて、絢也の身体の熱まで上げていく。  熱を帯びた吐息の狭間で、士郎が絢也に額をくっつけ、見つめてくる。 「まださ、先のことなんてわかんない。お前が言うみたいに、俺にはまだまだ見えてないものがあるのも確かだと思う。だけどさ、俺ね、なんでもやってみなきゃわかんねーと思ってんだよね」  士郎はふいと絢也から視線を外し、絢也の肩に顔を預けると、穏やかな口調で話し始めた。 「バンドだって、初めてお前に声かけられたとき、まさかこんなふうに東京へ来て、メジャーで食っていけるようになるだなんて、かけらも思ってなかったし、当時の俺にそれを言っても絶対信じなかったと思う。でも実際今、俺たちこうやって音楽やって、職業欄に音楽家って描けるようになった」  士郎が思い出を噛み締めるように、一つ一つ言葉を紡ぐ。  絢也も、士郎の言葉に誘われるように、自分たちの今までを思い返した。   「だから、なんでもさ、やってみなきゃわかんねーんだよ。お前とのことも同じ。壁にぶつかったら、そのときにどうやって乗り越えられるか考えればいい。だろ?」  士郎はそう言って、絢也の方を見て、ニヤッと口角を釣り上げた。  普段は適当なことしか言わない士郎から、こうした真剣なトーンの言葉がポンポン飛び出してくることに、絢也は少し面食らっていた。  見たことのない士郎の顔が、そこにあった。  初めて見る本気モードの士郎にすぐにはついていけなくて、絢也は言葉に詰まる。  黙ったままの絢也に、士郎がもう一度口付けた。  唇と唇を触れ合わせるだけの、軽いキス。 「はぁ~、俺、酒はもうこの辺にしとこうかなぁ~」  そう言って、士郎がくたりと絢也に身を預けた。  さすがにその意味がわからないほど、絢也も鈍くはない。  力の抜けた士郎の身体を浴衣の生地の上から撫でると、士郎が小さく反応して、絢也の首筋にキスでお返しをくれた。  こんな、甘い時間はこれまで過ごしたことがなかった。  絢也が想いをぶつけるように一方的に求めて、士郎がその熱に引きずられるようにして身体を重ねたことは何度もある。  だが、こうしてお互いに少しずつ空気を濃くし合って、震えるほど丁寧にことを進めるのは初めてで、まるで初夜のように絢也は緊張した。 「絢也ぁ、ッ、もっと、さわって……」  はだけた浴衣の合わせ目から、上気して赤みを帯びた肌を晒して、士郎が誘う。  クラクラと目眩がしそうになって、絢也は額に手をやった。 「ッく……」  誘われるままに、熱い素肌に口付ける。  所有の証をつけるその行為に、その痛みにすら感じるかのように士郎が掠れた声で啼いた。 「ぁ、ッああ……!」  さっきも散々いじめた胸の飾りは、すでに触られることを期待しているかのように赤く色付き、指で触れればコリコリと硬い。 「もうこんななってんじゃん……気持ちいい?」 「あ! ああッん、イイ、気持ちイイッ……」  素直に善がって絢也の腕にしがみつく士郎は艶かしくて、絢也は乱暴に弄り倒したくなる衝動を押さえつけるので必死だった。  片方ずつ、舌で転がして、甘噛みしてはクニクニと押しつぶす。  その度にビクビクと身体を跳ねさせて甘い啼き声を上げながら、胸を差し出すようにのけぞる士郎に、絢也はとうとう我慢できなくなった。  撫で回す手が、帯を解く。  はらりと現れたそこは、なにも身につけず、先走りに先端を濡らして、すでに芯を持って頭をもたげていた。 「ッ……」  頭が沸騰しそうになって、絢也が喉を鳴らす。  士郎の痴態は、もはや凶悪と言っても差し支えなかった。  見られていることに興奮したのか、新たな雫がこぷりと先端から溢れ、幹を伝って流れ落ちる。 「すっげ、びしょびしょ」 「やッあ、だって、絢也の手、気持ちい、からッ」  眉を寄せてそんなことを言われれば、絢也だってもう手加減してやれない。  腹の上で濡れて光る士郎の雄を緩やかに扱き、先走りが伝って濡れそぼる奥の窄まりへも指を伸ばす。  触れたそこは濡れた音を立て、士郎がビクンと腰を震わせた。  長時間の移動となる今日を考え、昨日は我慢した。  2日ぶりに触れるそこは、少し硬い。  絢也は手を伸ばして、部屋の隅に寄せてあったボストンバッグからローションを取り出した。  先走りだけでもすでに十分潤っていたが、もっともっとトロトロにして、ぐずぐずに蕩かせてやりたい。  こうなることを予期して、士郎の腰の下にはバスタオルが敷いてある。  そうでもしなければ、明日の朝気まずい思いをすることになるのは明白だった。 「は、ァ、あッ……」  手のひらで温めたローションを指にとり、つぷりと潜り込ませれば、士郎の中は火傷しそうに熱かった。  たちまちローションが液状になって、脚の間を流れ落ちる。  その感触にすら感じるのか、士郎が腰を揺らめかせた。 「あ、ああ、ッん」 「ナカ、すっげあちい……痛くない?」 「だいじょぶ、ッから、もっと……」  奥に、来て。  そうねだられて、絢也は2本に増やした指で、士郎の好きな場所を探る。  やがて探り当てたそこは、すでにぷっくりと膨れ、触られることを望んで熟れていた。 「ッあ! あああッ……!」  やんわりと揉むように、2本の指で挟んで、優しく擦る。  士郎はガクガクと腰を震わせ、腹の上で揺れる雄からは、また新たな雫が幹を伝った。  浴衣はとっくに士郎の身体の下で意味のない布の塊と化し、伝い落ちる先走りとローションが、染みを広げている。  きゅうきゅうと気持ちよさそうに絢也の指を締め付け、士郎は甘い喘ぎをあげた。 「ッ、あ、ッ……絢、也の、も、する……」  士郎がそう言って、まだ乱れていない絢也の浴衣を引っ張った。  士郎が自分からしたいと言うのは珍しい。というか、いつもは絢也がその隙さえ与えていないといった方が正解に近いか。  絢也は一旦士郎から指を引き抜き、帯を解いて下着を足から抜いた。  途端に、ぶるんと音を立てそうな勢いで飛び出してきた絢也の雄に、舌舐めずりでもしそうな勢いで士郎が目を細める。 「もっと、こっち……」 「?」  手招きされて、絢也が士郎に近寄ったのと、士郎が身体を起こして四つん這いになったのが、ほぼ同時だった。

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