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第1話・幸せ

「ただいまセイー!」 「おかえり、ソーマ」  玄関に入ると、兎獣人のソーマは温かい腕に抱き寄せられた。  背後でドアが閉まる音を聞きながら、出迎えてくれた猫獣人に体重を掛ける。  体の大きさはあまり変わらないため重いはずだ。しかし恋人であるセイは揺らぐことなく、しっかりと支えてくれている。  ソーマは薄茶色の耳を寝かせ、黒い目を細める。脱力しながら大きく息を吐いた。 「あー……生き返る……」  ハグをすると、ストレスが三分の一になるというのは本当だろうか。  少なくともソーマは今、恋人と密着している部分から疲労が抜けていくように感じていた。  肩に額を擦りつけると、長い耳がセイの青み掛かったグレーの髪をくすぐる。  セイの緑色の瞳が優しく微笑む。丸くなっている背中を長い尾でぽんぽんと叩いてきた。 「今日もお疲れ様。ご飯はもうすぐできるから、先にお風呂に行ってくれ」 「ありがとなー! 愛してるー」 「俺もだよ」  ソーマが顔を上げると、なかなか消えない目の下の隈をセイが親指で撫でる。  二人は頬を寄せ合い軽く唇を合わせてから、「おかえりなさい」の儀式を終わらせた。  犬の国で過ごすソーマとセイは、付き合い始めて一年半が経つ。  元々は学生時代の友人だ。  どちらも親の都合で犬の国には一時滞在の身だったため、卒業と共に疎遠になっていた。  数年後、仕事の関係で再び犬の国に住むことになった二人は偶然再会し、現在の関係に至る。  商社の営業マンとして日々忙殺されているソーマは、朝早く家を出て夜も遅くに帰ってくることが多い。  顧客の都合で休日に出勤することすらあるため、家のことはほぼセイが担当していた。  セイは優秀な投資家で、在宅のため時間に融通がきく。とはいえ、それにしても甘やかされすぎているとソーマは感じている。  何時に帰っても起きて待っていてくれるし、食事も温かい状態にしてくれる。  風呂から上がれば、きちんと畳んだ着替えが脱衣所に用意されている。ふわふわのタオルも当然、セイが洗濯してくれたものだ。  自分も仕事をしていて、疲れているはずなのに。 (本当によく気がつくしかっこいいし……結婚してほしい……)  そして今、セイは食事を摂る前に、ソーマの薄茶色の髪をドライヤーで乾かしてくれていた。  ソファーに腰掛けたセイの足の間に座って温風に吹かれながら、優しい指先が短い髪を撫でるのを感じる。  時折耳の根元に指が掠めて体がむずむずするけれど。  それがまたとても心地よく、ソーマは目を閉じて幸福に浸った。 (癒される……俺も癒してあげたい……) 「はい、終わったぞ。夕飯にしようか」  穏やかな声と共に、至福の時は一瞬で終わってしまった。  ソーマは礼を伝えながらも、物足りなく感じる。  髪を伸ばしたら、もう少し長い時間こうしていられるだろうか。 「なぁセイー」 「ん?」  食事が待っている、と思いつつもソーマはセイの膝に擦り寄って甘えた声を出した。  すると流れるように自然に、ドライヤーの熱が残る頭をセイは指で緩く梳いてくれる。 「もうすぐ誕生日だろ? 何が欲しい? 物じゃなくても、やりたいこととかでもいいし……」 「ありがとうソーマ。でも、いつも通り帰ってきてくれるだけで充分だ。俺はこうしているのが幸せなんだから」  細長い尾が立ち、揺らめいている。  その表情にも声にも嘘はない。  セイの方が収入も休みも多いため、欲しい物ならなんでも買えるし、やりたいことがあれば好きな時に出来てしまうのだろう。  それでも、恋人としてきちんと祝いたい。  ソーマはセイを喜ばせる方法はないかと頭を悩ませながら食卓へと移動した。  

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