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第4話・起こしてくれよ
「わぁああ! 今、何時だ? 嘘だろ10時半っ?」
ソーマはベッドの上で跳ねあがり、勢いよくリビングへと飛び出した。
二人用のソファに座って本を読んでいたセイは、寝ぐせで髪が好き勝手な方向を向いているソーマを見て穏やかに微笑む。
「おはよう。ゆっくり眠れたか?」
爽やかな朝の挨拶をするセイとは対照的に、ソーマは顔を歪ませてソファに手をついた。
寝起きの感情のままに顔を近づけてセイに詰め寄る。
「なんっで起こしてくれなかったんだよ! 朝ごはんから俺が全部するつもりだったのに!」
「朝食ならサンドイッチを作ったから食べてくれ。飲み物はコーヒーにミルクでいいか?」
「そ、そうじゃなくて!」
「腹、減ってるだろ?」
自分の予定通りに事が運ばず、取り乱した寝起きのソーマに驚くこともなく、セイはさらりと受け流して立ち上がる。
そして、質問にはソーマの腹が返事をした。
(空気読めよ俺の腹……! いや、でも確かに腹減ったな……)
空腹を意識すると、急激にサンドイッチを口が求め始める。
腹を抑えて黙り込んだソーマの手をとったセイは、ダイニングテーブルへと促す。
可笑しそうに口に弧を描き、ボリュームのあるサンドイッチの皿を配膳してくれるセイ。その余裕な様子に唇を尖らせながらも、ソーマはサンドイッチに手を伸ばす。
コーヒーの芳ばしい匂いの中で、大きく口を開けて分厚い卵サンドにかぶりついた。
仄かな甘味と酸味、そして隠し味のからしが絶妙に口の中いっぱいに広がった。
「おいしい!」
素直に顔を綻ばせるソーマに目を細めながら、セイは向かいの席に座った。
「良かった。機嫌は直ったか?」
「べ、別に機嫌が悪かったわけじゃ……ただ、今日はいつもやってもらってること全部やりたいと思ってたから」
八つ当たり気味になってしまったことが罰が悪いソーマは、もにょもにょと自分の希望を述べた。
せっかくの誕生日、セイにはゆったりと好きなことだけをして過ごして欲しかった。
だが、夜遅くまで仕事をしていて疲れていたせいで予定よりも寝坊してしまい、洗濯などの朝にするはずの家事がもう終わってしまっている。
これではいつもと同じである。
しかし、セイは頬杖をついて上機嫌でソーマを見つめている。
「ありがとう。でも俺は、こうやってお前の世話が出来るのが何より幸せなんだ」
口に含んだサンドイッチは、ソーマの好みを完璧に把握した味がした。
(恋人からもう一段階上の関係になりたいほんとに)
あっという間に卵サンドを食べ終えたソーマは、キャロットラペのサンドイッチに手を伸ばしながら目をそらす。
「お前はそうやっていつも俺を甘やかす……仕事以外、出来ない雄になるぞ……」
「仕事も出来なくても、何の問題もない。全部俺がやってやるよ」
「ははは、そりゃありがたい」
本気なのか冗談なのか分からない重厚感のある声色で言われたセイの言葉を、ソーマは笑って軽く流す。
付き合う前の学生の頃から何度もしている、定番の会話だった。
心の中では何度も求婚しているソーマであったが、それはセイの好意にもたれ掛かりたいというわけではない。
もし結婚が実現したとしても、お互いが対等でなければ。
だが学生の頃は何を馬鹿なことをと思っていたこの冗談に対して、最近は本気で心が揺れることがある。
(ストレス溜まってんのかなー。今日はいっぱい寝たからびっくりするくらい元気だけど)
そんなことを口に出したなら、セイは本気で心配するだろうと考えてソーマはただ黙々と口内のものを咀嚼する。
目の前に出されたときには多いかもしれないと思ったサンドイッチが残りひとつになったころ。
セイはふと、壁に掛かっている木製の時計へと視線をやった。
「少し早いけどそれをブランチってことにして、次の食事は早めのアフタヌーンティーにするか」
「セイはもっと早く食べたんだろ?」
「もし腹が減ったら、何か適当に買って摘まむさ」
特に無理をしているわけでもなさそうな様子のため、ソーマは頷く。
そもそもセイは、様々なことによく気が付き対応してくれるが、やりたいことを遠慮するタイプではない。本人の言う通り、腹が減れば食べるし動きたくなければ動かないだろう。
「そっか。ところで今日のデート、行きたいところは決まったか?」
「ああ、お前と行きたいところがあってな。夜にお前が風呂に入っている間に調べたんだ」
「……夜……」
明るい口調のセイに対し、ソーマは昨夜の濃厚な口づけのことを思い出してしまい胸が跳ねる。
実は、知らないうちに寝てしまい気が付いたらベッドの上だったことも、寝起きの「なんで起こしてくれなかったんだよ」という言葉に繋がっていた。
しかし、今更言えるわけもない。
「ん?」
小さな呟きが聞き取れず、セイは首を傾げる。ソーマは慌てて首を左右に振った。
「な、なんでもない。それで、その行きたいところは行けそうなのか?」
「ああ。今日の入場券ももう買えたよ」
「入場券?」
嬉しそうににっこりと笑って小型精密機械の画面を見せるセイに、今度はソーマが聞き返す番だった。
サンドイッチの最後の一欠片を口に放り込み、テーブルに身を乗り出す。
そして、画面の文字を読んだ直後。
ソーマの喜びの声が部屋に響き渡った。
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