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第5話・こんなところで
「セイ、セイ、ちょっと写真、写真撮って……!」
音量は控えめに、しかし興奮した声でソーマはセイの腕を引く。
その目線の先には、可憐なロップイヤーの兎獣人の雌と精悍な虎獣人の雄の等身大パネルが並んで立っていた。
セイがデート場所に選んだのは、人気ヒーローアクション映画の展示会だ。
昔からある映画のリメイクで、迫力のある演出と虎獣人のヒーローと兎獣人のヒロインのラブコメが話題になった。
映画の挿入歌をBGMにしながら広い会場内を歩くソーマの耳はピンっと立ち、足を止めてはうっとりと展示品を眺めていた。
「かわいい尊い……兎の国の至宝……」
今はヒロインがアップになっている映画のワンシーンの写真の前で恍惚と溜息を吐いている。
「好きと好きが合わさって大好き……最高だ……」
ソーマは子どものころからこの映画が大好きだった。リメイクするとの情報を得て、仕事の合間に常にアンテナを張り巡らせていたほど楽しみにしていた。
ヒロインの兎獣人が、好きな女優だと知った際には通い詰めると息まいたものだ。
実際、仕事がない日や夜の映画に間に合う時間に仕事が終わった日にはとにかく通った。
生きる糧だと言っていいレベルだった。
この展示会ももちろん知ってはいたが、仕事が休めず諦めていたのだ。
セイは幸せそうな横顔を眺めながら口元を緩める。
「この映画、何回も観に行ったな」
「うん、好きすぎて……円盤も家にある……」
また近々家で鑑賞しようと心に決めていると、長い尾がソーマの腰を撫でた。
「可愛いな」
「だろ? この黒くて輝く瞳も茶色い艶のある髪もたまらん……! 俺も同じ色なのにこうも違」
「いや、お前が」
「へぁっ?」
優しく深い声が食い気味に予想外の言葉を紡いだのが耳に届き、ソーマは間抜けな声を上げてしまう。
慌てて口を両手で抑えて周囲を確認する。幸い、誰も気にした風ではなく肩を撫でおろした。
しかし、安心したのも束の間。
「俺のソーマは可愛いな」
セイは甘い声で追い打ちを掛けてくる。
愛情の篭った視線に包まれ温かい手で耳の付け根を撫でられると、昨夜のように腰が抜けそうになった。
ソーマは意識をしっかり持とうと、不自然なまでに笑声を作ってヒロインの写真を指差す。
「ば、馬鹿セイ。こんな可愛い子を目の前によく俺なんか誉められるな」
その言葉を聞いて、セイの耳がピクリと動き形の良い薄い唇がへの字に曲がった。
「『なんか』とはなんだ。俺の最愛の恋人に向かって」
「も、もう黙ってくれぇ」
半泣きになりながら、まだ何か言いそうなセイの口を慌てて塞ぐ。
顔に熱が集まってくる。
睦言のような台詞をこれ以上聞いていたら、人の多い会場内で発情させられそうだった。
ソーマはこの話はおしまいだというように、
「あっちのバイクも写真を撮りたい!」
と、ヒーローが愛用している赤い大型バイクの方へと足早に移動していく。
後からゆったりとついていくセイは、小さな茶色い尾が控えめに揺れているのに気が付いて目を細めた。
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