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第5話
「栗花落…お前をここから逃がしてあげる…」
…俺は栗花落を愛している…けれどこんな、歪んだ俺では幸せにしてあげられない…幸せにしてやりたいとあの時は決意していたのに…
「外?ご主人様?どこへ?」
「乗って」
直哉の待つ車の後部座席に乗せる。何も声はかけられなかった。栗花落は静かに窓の外を眺めていた
「ご主人様…?どういうことですか?…俺は…」
「新しい家も全て用意した…これまで…すまなかった…俺は…お前の心を結局奪えなかった…ねぇ。栗花落…俺はね、お前のこと本気で愛してたんだよ。初めて会ったときのこと覚えているかい?君はあの日が初めての出会いだったと思っているだろ?違うんだよ。君が住んでいた以前の家を覚えてる?」
「両親と暮らしていたあの場所?」
「そう。その近くに緑がたくさんある大きな公園があったことは覚えてる?」
「はい」
「そこで出会ったんだ。何もかもを失い途方にくれていた俺に君は話しかけてくれた。とても幼かった君が俺の手をとり小さな手で撫でてくれた。何の曇りもなく笑いかけてくれて…俺に生きる希望を与えてくれた…」
「…」
「それから数年がたち俺の親父が経営している施設の門の前に置き去りにされた君を見つけて…すぐにわかったよ。あのときの彼だって…俺はね初めて会ったときから君を探してた…恋してしまってた…どうやったら俺からすれば幼すぎる君の心が手に入るのか…わからなくて君を閉じ込めることでそれを叶えようとした。叶う訳ないのにね…君のこと…愛している…だから…君を…手放そうと思う…
あの彼…暁君といったかな?あの子はまだお前のこと愛してる…俺を見るときの何か求めるような視線…それはきっと君への思い…でもあんな形で君の元から離れた自分を責めて何も出来ないでいる。君がいつでも帰ってこれるように家も昔と同じだよ。今日は彼は午後から休暇を取らされている。今ここを出ればすぐそこに彼がいるはずだ。さぁ。行きなさい…栗花落…さよなら…幸せになるんだよ…」
新しい家の鍵と栗花落名義で作った通信機器。栗花落の名義で作られた大金の入った預金通帳と印鑑。栗花落のために用意した着替え…その他の生活には困らないほどの最低限の荷物を持たせ背中を押す
「振り返るな…さぁ…行け…」
栗花落は一つ頷くともう振り返らなかった。そこへ待つ誰よりも愛しい彼の胸に飛び込み満面の笑みを浮かべる姿に背を向けて車で乗り込んだ
空にかかった大きな虹はもう消えかけている。
梅雨明けと共に新たな扉を開いた栗花落を夏の始まりを知らせる眩しい太陽の光が照らしてくれていた
「…直哉…出して…そして…俺を」
「わかってる」
静かに走り出す車の中でそっと目を閉じた。
「ねぇ。晴」
「…」
「俺がずっとそばにいるから…」
直哉の言葉に堪えていた涙が溢れ出す…俺が落ち着くまで直哉はずっと側で見守ってくれた…
雨が上がれば虹が出て空は晴れる…
奇しくも同じ名の俺にもいつか笑える日が来るかな?
栗花落…幸せになってくれ…本当に…ごめん…長いこと縛り付けてごめん…愛してる…ずっと…君のこと…
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