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第2章 平家の調べ勝ち目絶句

ヘイケのシラべカちメゼック       1  学ランを着ていったと思ったら、なるほど。木を隠すには森の中。大多数の中に紛れれば目立たない。  堂々と昇降口を通って、階段を上がる。ごった煮の廊下、横目で教室を見つつ、閑散とした図書室。入るのかと思いきや、素通り。どこに行こうというのだ。まさか相手は教員ではあるまいに。  数学研究室。それはない。案の定素通り。  再び階段。上へ上へ。  立ち入り禁止。屋上への扉。  そこで向きを変える。 「なに、そのカッコ」そこにいた少年が言う。  キナイは特に答えず表情を緩ませる。  時間通り、といわんばかりに。  いま会いたい。 「もう会えない」キナイが言う。 「それ言いにわざわざ」  しばし無音。雑音は相変わらず。  進展がないので早送り。  キナイの口が動いたので一時停止。巻き戻し。 「められてん」  失敗。もう少し前から。 「まだいじめられてんのか?」キナイが言う。 「いじめる筆頭が消えればそれまで」少年が答える。  階段を一段下りる。キナイは少年に近づくのを躊躇っているように見える。  いじめ。  だれがだれを。 「んならいいけどさ」キナイは手すりにふれる。手持ち無沙汰を何とか打開しようとしての妥協案的に。  きーんこーんかーんこーん。  あのうるさいチャイムだと判るのに時間がかかった。耳鳴りがする。いらんとこは拾うし、聴きたいところはぼそぼそと。嫌味な音響。  少年がズボンのポケットに手を入れる。何かを取り出そうとしてやめた。ケータイだろう。校則で禁じられているのかもしれない。 「次なに?」キナイが尋ねる。 「数学」少年が答える。 「行かねえの?」 「どうせ遅い」  主語は数学担当か。授業の進行速度か。 「サボらねえほうが」キナイが言う。 「放課後まで待てる?」少年が言う。 「それがあんま時間なくて」 「そうだと思っ」  停止。  正座してるキナイを見遣る。  足が痺れた、というオーラをぎんぎんに滲ませてるようだったから気づかない風を装って。「俺がなにゆいたいかおわかりになられます?」 「返せ」キナイが怒鳴る。 「聞こえませんでしたやろか。俺が、なにを、ゆいたいのかわからはりますかゆうて」 「どこやったんだよ」  キナイの後頭部に足を載せる。  ぐき、と。鳴ったかもしれないが瑣末なノイズ。 「耳の穴、大きうしてあげましょか。なにぶち込んでほしい? ゆうてみぃ。いまなら望み叶えてあげますえ」体重をかける。ゆっくり。  徐々に。  床に這い蹲る感覚。よりは地上に遠い。  ぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。  キナイの肩がびくんと震える。  なんのことはない。炊飯器が啼いただけ。  炊き立てのご飯を使ってできる拷問。空腹にしてにおいだけ嗅がせる。眼の前で美味しそうに食べる。火傷を狙って背中に盛り付けるなんて無粋なことはしないが。 「安心しはってくださいな。商品にキズ付いたら価値下がりますさかいに」  黒尽くめが炊飯器ごと運んでくる。中身だけでいいと言ったのに。  重いじゃないか。落とす。手が滑る。  落下地点にたまたまキナイの頭があっただけの。背中だったか。  寒いからちょうどいいだろう。炊飯器の余熱で暖を取れば。 「冷蔵庫にたらこ、あったやろ? 昨日焼いたやつ。アルミホイルの。持ってきてくれへんかな」  焼きたらこでできる拷問。空腹にして眼の前で食べる。  同じではないか。おにぎりでも作らせるか。両手が腫れ上がるかもしれないが。美味そうじゃないか。  口の中に血の味が広がる。唾液腺が故障した。 「ど、すれば」キナイが息も絶え絶えの声で言う。 「お返事もらってませんでしたのよ。ここでお留守番係してくれません?」 「そすりゃ」 「さあ、どないなりますやろか。はよう迎えに行ってあげませんと二度とまともなお話はできひんかもしれへんねえ」  キナイが頷く。首の骨がおかしいことになっただけのような気も。  生きていれば使用価値なんかいくらでも。あるようなないような付加価値をぱらぱらとふりかけて。  停止。  ヨシダが俯いてじっとしている。言いたいことなどないのだろう。  いい加減愛想も尽き果ててくれないものか。そのほうがやりやすい。 「ひっどいことしますやろ。血も涙もないんかゆうて」 「飴ちゃんな」ヨシダが俯く。  食べてくれなかった。ならまだ声の掛けようがあるが。 「壊れてもうて」 「自分で? それまあオモロイ光景を」 「踏まれて」  泣けばいいのに。なんで我慢する。 「床が汚れてるさかいに。片付けろ、て」 「イジンさんが?」  愚問。  我ながら意地悪な。わかってるくせにわざわざ言わせて。  傷を抉って化膿させる。そんなことしなくても。  ヨシダはイジンさんのことを嫌いには。  ならないから腹が立つ。苛々している。その鬱憤をメインテナンスで発散する。  だから。 「メンテせえへんの?」ヨシダが言う。 「ヨシダさん、そろそろしょーじきになりましょ」 「メンテ」  できない。ヨシダを壊してはい終わり。  壊したくない。代わりがいない。ヨシダだけは。  ほかはいくらでも補充して挿げ替えてナンバワンも。  ヨシダがもたれかかってくる。  サダさんは誰もいないほうを向く。それに比例して体重がかかる。  いないふりをする。ヨシダの心はここにはない。ずっと遠くに置き去りに。身体だけこっちに持ってきて。文字通り身一つで客のところにのこのこのこのこ。  なんで厭な顔しない。心がここにないから。つらくもないし痛くもないし哀しくもないのだ。感覚がない。好きも嫌いももちろんない。  立ち上がる。  ヨシダが畳に転がる。もたれかかってるものがなくなればおのずと。  サダさんは下を見る。  ヨシダは上を向かない。なんで見てくれない。なんで。 「メンテ」ヨシダが下を向いたまま言う。 「俺のことなんでもないんでしょ。ただつらうて痛うて哀しいさかいに、慰めてほしいだけやありません? 都合のええ話。なあんも言われへんわアホらしゅうて」 「サダはメンテ係や」 「そらそうですわ。メンテお留守番が俺の役目。せやけどヨシダさんは」 「俺も」 「おんなじなわけありますか? 俺はいてへんでもええけど」 「どこも」 「行かれへんよ。ヨシダさんがおります限り」 「俺がおるから?」 「まあおられへんと困りますさかいに。じゃんじゃん稼いではようイジンさんに認め」 「無理や。俺なん」  泣いてくれたら。 「届かれへん。全然足りてへんの。ちーとも」  眼から水滴が落ちれば。 「相手に」 「なんとかなるのと違います?」 「めーわくかけてばっかで」 「メンテしましょか」  ヨシダが。  泣かないから。 「して欲しいんですやろ?」 「ええの?」  畳に膝を付ける。ヨシダに。  こちらを向かせる。  心もない。身体だけ。抜け殻の。  やめたほうがいい。慰めてほしいのは自分だ。  ヨシダは強い。強いから折れやすい。  つなぎやすい。落ち込んでも次の日にはけろりとしている。  それが厭だ。自分で立ち直る力がある。  これも厭だ。必要ない。メンテなんか要らない。自己治癒できるんだからわざわざ医者にかからずとも。  肌なんか毎日見てる。無防備に居眠りして。障子開けっ放しで着替える。毎度バスタオルを忘れて、毎度呼ばれる。浴室へのドアは開けっぱなし。ここに置く。おおきに。見たくなくても見える。肌は。  触ったのは。いつぶり。  最近の客を思い出す。  誰だったか。自分で送り出しておいて。ヨシダの肌を見た奴。ヨシダの肌に触れた奴。ヨシダの口に。ヨシダの脚に。  ヨシダは天井を見つめたままイった。  天井じゃなかったかもしれない。天井よりももっと上。届かない距離の。届かない人。ライバルなんておこがましい。  敵だ。倒すべき悪。  ヨシダを泣かさないから。悪い奴。       2  キナイの連れはシュウといった。本名なのか愛称なのか知らない。  呼んでこちらを向けば。ポチだってタマだってなんだっていい。  手一杯だった。からといって選択を誤った。  どうでもいい。極論しなくても感想は。 「ほお」  それだけ。 「捻じ曲がって勃つもん勃たななりました。そんで?」  何も言い返さない。言い返しても元には戻らない。  賢いじゃないか。 「そんで?」 「なにすればいい」キナイが言う。 「こないだのお客がねえ、あんたんことむっちゃお気にらしわ。行ってら~」 「留守番じゃなかったのか」 「留守番ですよ。基本はねえ。せやけど、ときどき出張もする。ゆうたやん。メリとハリが大事やて」  キナイを送り出して入れ違いにスゲがやってきた。メンテ対象を引率して。  ヨシダがいるときは遠慮しろとあれほど。気分転換に出かける口実を減らしやがって。 「電話つながらなかった」スゲは俺が悪いとばかりに言う。 「せやけどねえ、時間決めてあったやん。ええ子で待っててよ」 「ヨシダは」  疲れて昼寝中。部屋で。  寝顔を見せたくなかったので聞こえないふり。 「いないなら渡しておいて」スゲは手にしていた何やら怪しい包みを差し出す。 「個人的なプレゼントは禁止してますえ」  におい。すぐわかる。  イジンさんから。 「へえ、出世しはりましたなあ。羨まし」イジンさんから直接手渡しだとか。 「土産を受け取れなくて悪かった。埋め合わせに、と」 「そこら置いといて」  メンテ対象の青年と眼が合う。向こうが合わせようと努力しているようだったので気を遣っただけ。  ええと、名前は。  自分で付けておいてなんて酷い。サダさん。それはこっちの名前。 「お久しぶりです」青年が礼儀正しく頭を下げる。 「池んとこで待っといてな」  まったく名前が思い出せない。何かの拍子にスゲが口に出せばいいが。 「ナンバ2。なんてゆうたかな、ほら」 「連れてくるつもりだった」スゲは乗ってきてくれない。  違うのか。てっきりさっきの青年が暫定2位だと。 「つもり?どないしたん?」  ああそうか。  報告がてらわざわざご足労。 「葬式?」 「心中だ」 「誰と? まさか客やないやろね」 「新入りだった」 「なるほどねえ。(そそのか)して」 「呪いが強すぎる」 「ほんなら代わってよ。ああ、せやった」  キナイ。まだ話してない。  それを話した。 「歯止めになるんだな」スゲは咎めなかった。自分にその権限はない。自分の振りかざせる権限についてよくわかっている。 「ならんかったらまあ、他の方法考えましょ」  挨拶はこれくらいにして。 「ご機嫌どないなってはる?」イジンさんの。 「思ってるより悪い。すべて」  ヨシダのせい。 「顔見せろゆうこと?」 「急いだほうがいい」 「お留守番代わってくれるんかな」 「門番なら」 「そら頼もし」  くれぐれもヨシダを起こさないように、と言いつけて。守るかどうか定かではないが。  池の臨める座敷。  なにも正座して待ってなくても。座布団も出さずに。メンテ対象の青年。 「腹減ってへん?」気を遣うふり。 「いえ。食べてきましたので」  客のところで。 「えっとな。気ィ悪くせんといてね。名前、なんてゆうたかな」  聞き憶えのない。 「順番は」 「5位以内に入るかと」  まずい。とんと記憶に。 「前いつ?」メインテナンス。 「一ヶ月ほど前に」 「俺、いてた?」  いないわけがない。一ヶ月前。  メンテだ。 「お得意さんの名前いえる?」  あーなんとなく。おぼろげだが。  手駒を忘れて客のほうを憶えているとはこれ如何に。積み立て帳をチェックしているせいか。取立ての指示を出すのも雑務のひとつ。  仕事のしすぎではないだろうか。割り当てが大きすぎる。  スゲはお庭番していればいいだけなのに。 「お疲れですか」青年が知った顔で言う。 「あーまあな。訃報ばっかで」 「みたいですね」 「なんやら知っとる? 知り合いが逝ったとか」 「同じ屋敷にいてもライバルですんで。僕はあんまり」 「ええ心掛けやな。その調子でがんがん稼いだってね」 「1位になったら、ここに住めるんですか」  無理だ。1位はヨシダだから。  敵うはずがない。  お前らみたいな可愛げの欠片もないような。 「なれたらな」 「ホントですか。頑張ります」好意があるのだろう。  なんぞをしたかこの青年に。メンテしてメンテしてメンテしてるだけ。可愛がってもらっていると勘違いしているだけでは。皆が皆こう思い込んでくれたら苦労しない。  キナイも、勘違いさせるくらいの信仰対象にしなければ。  ヨシダの半分の時間でイった。早すぎる。計っているこっちもこっちだが。  再起動も早いのでとんとんか。量は多いほうだし。但し、客相手にこれが発揮されているかどうかは知る由もないが。  憧れのサダさん相手だから、かもしれないし。 「俺んこと好きか」  青年は言い淀む。 「しょーじきにゆうたったほうがええよ」 「は、い」  いったん腰を引く。  抜けるか抜けないかのぎりぎりのところで停止。 「どこが好きなん?」 「どこ、て」 「やめてまうよ」耳打ち。  これだけでイってもいいところだが、イくなと命令してある。フツーはこうゆうふうに命令が効く。  やはりキナイは特殊なのだ。再確認。 「や、さし、いとこ」 「顔は」 「すきで、す」 「こっち向いてみ」唇を吸う。  まあまあ及第点。ヨシダと比べるのは。  いい加減やめよう。 「触らんでイってみ」  肩がびくんと震えたと思ったら。言わんこっちゃない。注意しただろうが。ヨシダを起こさないように静かに。  銃声。  挿れたままケータイを耳に当てた。「お呼び出しを致しますえ。銃刀法違反のスゲくん。至急お池までおいでなすって」 「撃ってない」スゲはしれっと答える。 「お前以外に誰がおるん? はよう来ィ」 「今日は持ってきてない」 「嘘こかんと」 「見てくる」電話が切れた。  まったく。  引き抜いて舐めさせる。メンテどころではなくなった。終了だ。  スゲは嘘はつかない。思ったことは言うし、思わなかったことは言わない。わかりやすい奴なのだ。  銃声。  誰だ。黒尽くめには持たせてないから。ひとりしか。  まさか夢遊病じゃ。 「すまんね。聞こえた?」と、取り繕ってみたが。  青年もそれどころではなさそうだ。あれだけ我慢させればしばらくは動けまい。 「すぐ戻るさかいにな」耳打ちして外に出た。  ファスナを上げるのを忘れていた。なんという格好の悪い。  ヨシダの部屋。障子の前で髪形なんか整えてる場合じゃない。 「いてる?」  無言。 「開けますよ」  いない。  頭を掻く。かゆかったのだ。  ケータイを取り出して。「おった?」 「ヨシダ」スゲが言う。  なんでそうゆうことに。 「どこ?」 「折檻窟」 「はーい」裏口から石段を下りる。  岩場が薄っすら凍っていて足元注意。何度か危なかった。顔から転びそうで。  ヨシダの細腕を摑んだまま突っ立っているスゲ。  銃はスゲが取り上げた。ヨシダを摑んでいない手の中に。  とりあえず、真っ先にサダさんがすべきは。  ヨシダを解放。アザになったらどうする気だ。 「向こうで聞きましょ」 「死のうと思ったそうだ」スゲが言う。  お前に聞いてない。 「ホンマですの?」  ヨシダがこっくり頷く。 「なんで?」 「イジンさんに嫌われたから」ヨシダが言う。  だから、お前には。 「あっち行っててくれへんかな」 「これは?」銃。スゲが見せる。 「やるわ」  スゲはおもちゃをあげたら満足そうに去っていった。  スゲが見えなくなったところで、しゃがむ。  ヨシダは。 「あんなもん、どっから」そうだ。そうだった。  そっちが先だった。 「もろうた」ヨシダが掠れた声で言う。 「どなたに」  イジンさんだ。他にいない。 「あれで往ね、て意味だと思いましたの?」  肯く。 「護身用と違います? ここはあかんけど、あっちは物騒やさかいに」  ヨシダは首を振る。  とっさにこめかみを見てしまう。穴は空いてない。当然だ。  空いてたらここにいない。 「放っといてよ。サダ、メンテの途中やさかいに」ヨシダが言う。 「もう一個。あるのと違う?」  ヨシダは。  数秒止まったのち、羽織の内側から。  えらく立派な。  ずしりと重かった。こんなもの潜ませて平然と歩けない。 「こんなんいつの間に」 「スゲが」ヨシダが言う。 「スゲが? なんで?」  わかった。イジンさんからのお詫び土産。  まさか。そこら置いといて。とは言ったが。  置いとけとゆったじゃないか。届けろとは言っていない。 「起きてましたん?」狸寝入りだったのか。 「車の音してな」ヨシダが言う。 「メッセージカードとか添えてませんでしたの? それ」  ヨシダが首を振る。  あの煌びやかな包装紙の中にそれをごろりと入れるところがイジンさんらしいというか。  二丁。けっこうどころかそれなりに重かったろうに。  試しに持ってみればよかった。あとでこっそり処分しようと思ったのがいけなかったか。ヨシダに気づかれないように。 「どーゆーつもりなんか、聞いてきますわ。呼ばれてますのよ」帰省しろと。 「サダだけなん?」自分は呼ばれていないのか。  ヨシダはそれを聞いている。のをわかっていて。 「スゲが門番してくれますさかいに」安心して留守番をしろと告げる。 「俺も」行きたい連れて行って。ヨシダが懇願するのを、  華麗に無視って。 「飴ちゃんのお詫びやて。それ。大事にしましょ」殺人器具を押しつける。  という、酷い振る舞い行い。  もう一丁を取り返してヨシダに渡す。スゲはすこぶる不満そうだった。  事情を説明しなかったスゲが悪い。  ヨシダの細腕には重そうだが。第一似合わない。早速スゲに使い方なんて訊いて。夕飯は銃刀法の話をしよう。  飴のお詫びにしては手の込んだ贈り物だが。  ちっとも嫌われてなんかない。むしろ好かれてる。気にしてもらっている。大方、飴を踏んで壊したのはイジンさんに群がるあの連中。ヨシダのライバル。  ヨシダに自殺未遂なんかさせやがって。踏んだ飴と同じキモチを味わってもらおう。  涙が出るほど酸っぱい。梅と同等かつそれ以上の。       3  予定より早くキナイが戻ってきたので初お留守番をさせてみる。  つまりはメンテ。ヨシダさんもお出掛け中なのでそう気に揉む事項もあるまい。 「シュウは」もはやキナイの口癖と化しつつある。 「うまくできましたらばお顔でも見ましょか」 「ちゃんと守れよ」 「憶えてましたらねえ」  死んではない。とは思う。  生きてはない。とも思うが。  見張りをさせてる奴から連絡が入る。メールだったが、  キナイは感づいたらしく訝しい顔を。  なんでこの素晴らしいタイミングで報告を寄越すかな。 「見せろ」キナイが吼える。 「18禁ですさかいにねえ」 「いいから」手を伸ばす。  引っ手繰られる前にポケットに隠す。  キナイに圧し掛かられる。割とわんぱくな。  寝技なら負けないのに。とかオヤジギャグを考え付くところからして思考があっちこっち。現役メンテ係をなめるな。  一本。技あり。 「そないに必死になりませんでも。無事やて」  死んでないだけ。 「は、なせ」キナイが言う。 「離しますよ。そらもう。弾は穴ん中に撃ってくださいね。上も下も」  この程度の接触でおっ勃ててどうする。若いと無駄弾の一発や二発。無駄にならないのかもしれない。  引退。いやいや、まだまだ。免許皆伝まではなんとか。  誰のメンテだったか。思い出しつつ移動。思い出せない。メンテスケジュールも雑用が管理してたはずだが。  出向くことのほうが多い。あそこはヨシダの家。そこでメンテするのは気が引ける。家主は一向に気にしてないのがまたなんともかんとも。  実家の屋敷に踏み入る。  におい。  脳がすっとする。嫉妬。の間違いか。  通訳がいない。片時も離れずに周囲を睨み続けてるはずなのだが。  来てはいけないときに訪問してしまった気がしてならない。イジンさんの都合に合わせても散々待たされた挙句ドタキャンされるのが落ちなので。  アポなしだって構わない。群がる連中に最高の手土産だ。  喧嘩売ってる。大安売りですよ。嘗めてんのか。舐めてやろうか。ガキのくせして。若く見られて光栄。  仲間を呼んだところで全員同時に相手できる。如何してサダさんがメインテナンス係なんかやってるのか。身をもって教えて。 「サダ」  遅いですわイジンさん。神々しいお姿は現役で。 「通訳はんどないしました?」 「食べた」イジンさんが言う。 「まーたまたご冗談を」 「離してやれ」その有象無象どもを。 「殴り込みやったんですよ、これでもね。我らがヨシダさんに如何わしいもん送りつけといてねえ。あわや大惨事ですわ」 「引退だ」 「誰を?ヨシダさん? 無茶ゆわんといて。ヨシダさんでもってるようなボロ小屋。気分でおっ潰すつもりでしょか」 「そのためのプレゼント。スゲに言付け」 「そら伝書鳩のチョイスミスですわ。せやけどねえ、ヨシダさんは」 「やめたそうな顔」 「そんなんそっちが勝手に」  眼線。下。 「離してやれ」その有象無象どもを。 「離してほしない顔してはるんやけど」  弛緩しきって。涎だらだら。奴隷志願。  お前らみたいな気色の悪い。こっちからお断りだ。  ヨシダにしたことを思い知れ。弛んだ顔を踏みつける。土足で。  余計に喜ばせてしまった。呪いの上塗り。  あっち行け。 「私もするか」イジンさんが言う。 「そっくりそんままヨシダさんにゆうたってください」 「カグヤは」  名前。イジンさんはヨシダをヨシダとは呼ばない。 「カグヤだ」 「そないにねえ嘘くっさいトートロジィで誤魔化そとしたってあきませんよ。ヨシダさんがやめたいゆうたんなんらそうしましょ。せやけど俺はひとっことも」 「引退だ」 「決定事項でしょか」 「サダも」メインテナンス係を。 「ホンマお耳が早いですね」  キナイ。切り出す手間が省けた。と好意的に取るべき。でないと呑まれる。  通訳を食べたというのはあながち嘘でもなさそうなのが怖い。 「こっち」手招き。  におい。脳が嫉妬する。  すっとする。の間違い。 「いる」 「何が」  胸より下。腿より上。 「いい報せなんかな」 「サダに預ける」 「お名前は」  口の中で言われても。  聴こえませんよ。 「誰の?」  ヨシツネ。 「泊まれ」実家に。

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