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序章

     0 「カシはん、なあ、聞かはった? 決まらはったで?」  何が?とは問わない。  女は我がことのように喜んで僕に抱きついてくる。  とにかく不快だ。  無意味な柔らかさも、むせるような匂いも。  第一こいつは。  女じゃない。僕は知っている。 「お別れは淋しなぁ。元気でやらはってね」  こいつに未来永劫会わないでいいのなら、それはそれでいいことかもしれない。  血もつながっていないのに、まるで自分の息子のごとく溺愛していた。  本当に厭な女だ。  僕を可愛がるのは、僕の母親に証を立てたいからだ。  自分が、自分こそが一番の忠臣だと。  いや、家臣では満足しない。  この女(女じゃない)は何を求めているのだろう。  カネか、地位か、名誉か。 「ヨシダさんは、そないな俗物やないで」男は半笑いしながらそう云った。  駅まで僕を見送りに来た。  頼んでもいないのに。 「なんや、不満そうやな」 「餞別代わりに、一つだけ、答えてもらえますか」 「なんやろ。内容に依るな」  僕が乗る新幹線が間もなくホームに到着するというアナウンス。 「あなたは僕の父親ですか?」 「冗談きっついわ。ちーとも似てへんやん」男は僕の髪と眼を指さした。  色が違う。  そういうことだろう。 「じゃあ誰なのか知っていますか」  会話を邪魔するかのように風圧が顔を殴る。  男は無言で首を振った。 「知らんゆう意味やないで。質問は一つやてゆうたやん」  新幹線のドアが開いた。 「ほな、さらばいね」 「なんで見送りに来てくれたんですか?」 「俺が一番暇やったさかいに。ああ、手紙、ちゃんと渡したで?」  発車の合図。  ぎりぎりで乗った。  男が手を振っている姿が遠ざかる。  座席に着いたらケータイが震えた。  メッセージ。  男から。  しばらくしたら、そっちに息子が行く。仲良くしてやってくれるとありがたい。  返信はしなかった。  はいともいいえとも答えたくなかった。  ただ、男がわざわざ文面で頼むくらいなので、息子というのはおそらく彼のことだろう。  後継者の。  名前は何と云ったか。  彼は。  僕なんかを憶えているだろうか。  天のあなたの美つくしき 第1章 この悲しみを取り除いてくれる王子様を待っている

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