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21、晴陽の入浴タイム
陽介は結局、俺をしっかり抱き抱えたまま風呂場まできた。
いっそ落としてくれて頭でも打てば、運が良くリビングでのことを忘れられたかもしれないのに。
陽介が降ろしてくれた後も、俺は不貞腐れたままタオルの中に隠れ続けた。
「機嫌直してよ」
「別に…機嫌が悪いわけじゃ…ない」
「じゃあ顔見せて、Look 」
タオルを握りしめて顔を出さない俺を見兼ねた陽介は、タオルの上から俺の額にキスをして、Command を使ってきた。
優しい声で放たれるその音は、甘くて、脳が揺れるように響き渡る。逆らう気なんてないけど、陽介のCommandはどんなものでも逆らえないほど重くて、俺をドロドロに溶かしていくほどに甘い。
俺は握りしめていたタオルを床に落とし、陽介の目を見つめた。
「Good Boy 。ご褒美をあげなきゃね」
陽介はクスッと笑うと俺の首筋に吸い付いてきた。このチクッとした焦ったいような痺れる痛みが、今は俺の最高のご褒美だ。
本当はもっと強い痛みが欲しい。でもきっと陽介は嫌がる。
俺は今のままで十分幸せなんだ。別にこの幸せを崩してまで欲しいものなんてない。俺はそっと自分の欲を心の奥底にしまい込んだ。
そして陽介に最上の笑顔でこう伝える。
「うれしい…」
その言葉に陽介も満面の笑みで、応えてくれた。
「良かった。もう1回してもいい?」
「俺、もう何も褒められることしてないけど」
「これはさっき俺のものを飲んでくれたご褒美」
そう言って陽介はまた俺の首筋に吸い付いた。
リビングでは散々焦らしてきて、もうしてくれないかと思っていたのに。こんなタイミングでくれるなんてズルいやつだ。ずっと切なかった気持ちがどんどん満たされていく。
その快楽に俺は耐えきれず、陽介にもたれかかった。陽介は少し驚いたように、俺の身体を受け止め、優しく頭を撫でてくれた。
「大丈夫?」
「ごめ…なんかいっぱいいっぱいで」
「いいよいいよ。このまま一緒にお風呂入ったりする?隅々まで洗ってあげるよ」
「いいかも…あっ…」
俺は陽介の言葉が魅力的で1回承諾してしまったが、すぐに傷跡のことを思い出し、それが俺を現実へと引き戻した。
どこまでも世話されたいと思ったけれど、流石にまだこの服の下の醜い傷跡を見せる勇気が俺にはなかった。
俺は咄嗟に突き放すように陽介から離れた。
「1人で入るから大丈夫…」
「分かった。じゃあ着替えとか持ってきておくよ」
「ありがとう」
陽介は何事もなかったかのように笑うと、俺に手を振って出ていった。その陽介の後ろ姿が切なく見えて、俺の心は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
それでもまだ怖くて、陽介の前で裸になるなんて俺には無理だった。
俺は手早く服を脱ぎ、洗面所の鏡に映る自分の裸を横目にお風呂のドアを開けた。
「あ…この香り…」
気落ちした俺を待っていたのは優しい桜の香りだった。お風呂の中はその香りで満ちていた。
甘くて温かい香りが、一瞬で俺を優しく包み込んだ。昔俺が好きだった香り。
そういえば自分の家でも陽介の家でも、春はこの香りで風呂場が満たされていた。だからだろうか、自然と気持ちが落ち着いた。
思えばこの8年、春を連想させるこの香りをずっと避けていた。春が来るたびに、陽介を思い出しては悲しい気持ちになった。だからずっと、春を感じない場所を通って過ごしてきた。
だけど久々に嗅いだこの香りに、俺はまた多幸感を感じられた。
「今また陽介と一緒にいられてるからかな…」
少しだけ、また春が好きになった。それから陽介の成長について嬉しく思った。
久々の陽介はとても大きく男らしくなっていた。俺より頭1つ分小さかった陽介は、いつの間にか俺の身長を抜かしていて、力も俺を軽々持ち上げられるほど強くなっていて、改めて8年という長い月日を感じた。
まぁ泣き虫で感情的で、陽さんに怒られている姿は昔と全然変わらないけれど。それでも大きく優しい男に育ったなぁと、その成長を毎年見られなかったことに寂しさを覚えた。だけど、それ以上にその成長が愛おしかった。
「そ、それにアソコも大きかったし…って何言ってんだ俺…バカか!」
思わず朝の続きを想像して、俺は自分で自分の発言に突っ込んだ。それから俺は頭を冷やそうと、頭からシャワーを浴びた。
さっきまで自分の裸について悩んでたくせに、今はもう陽介とシたいだなんて、俺の情緒はどうなってんだ。
「でも真面目な話、陽介はどう思ってんだろ」
陽さんは卒業まで性行為禁止って言ってたけど、バレなきゃよくないか?
でも陽介は律儀に守るだろうな。バカ真面目、その癖に本能的でよく怒られて、あとで気付いてスッゲー落ち込んで。
「そう思うと陽介って中身は全然変わってないな…あはは、本当可愛いやつ…」
そう考えると、この身体の傷は陽介を苦しめそうで余計に言えなくなった。
陽さんが禁止しなくても、この傷から自分で卒業まで性行為禁止と言っていたかもしれないとも思えてきた。
「1年あればきっと踏ん切りもつくだろうしな…」
そうだ、暗くなるのはやめよう。もっと時間が経てば、見せる時が、見せられる時が来るはずだ。
まだパートナーになって1週間だし、急ぐ必要はない。
俺はパシンと気合いを入れるように自分の頬を叩いて、風呂から出た。
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