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エピローグ(2)
「お前……容赦ないなぁ」
走り去った境の後ろ姿を見送りながら、呆れる潤。
「仕方ないだろ」
彼女が余計なコトを言ってこなければ、こんなことになることはなかったんだ。俺の一番大事なのは、要が笑顔でいてくれることだから。
「鴻上先輩っ!」
校門のところにいた朝倉と一宮が、俺を見つけて手を振った。その隣には、眩しそうに俺を見る要。
「卒業おめでとうございます~」
「卒業おめでとうございます!」
二人からそれぞれ細くラッピングされた花束を渡された。
「これは」
「スイートピーです」
「へぇ、スイートピーって赤いんだと思ってた」
「あははは。昔の歌にありましたね。そんなの」
目の前にある二つの花束は、薄い紫やピンクの、かわいらしい色合いのもの。
「これからは、思う存分、大学生活を謳歌してください。要くんは、私たちが守るんで」
そう言って要に抱き付く一宮。そして二人を抱きしめてる朝倉。
「……すげー、ムカツク」
この二人は、わざと俺を揶揄ってるのはわかってても、俺の要に抱き付くのは許せない。そして、顔を赤らめている要も。
「も、もう、いい加減にしてくださいよ、遥さん」
思わず、ピクリとしてしまう。『遥さん』だと?そういえば、さっき一宮は、『要くん』と呼んでいた。確かに、つきあってるフリを頼んだけれど。そう呼び合うのは、やっぱり、癪に障る。
「ほら、要くん、先輩が怖い顔してるよ」
やぁねぇ、男のヤキモチって、と言いながら、その三日月のような目で俺を揶揄うのは、ヤメロ、一宮、朝倉。延々と一宮たちに揶揄われるのも嫌なので、俺はさっさと帰ろうとして、要の腕をとる。
「柊翔、もう、帰る?」
「ん、ああ」
「おばさんは?」
母親が来ていたのは見えていたけれど、卒業式が終わった途端、さっさと『帰るわね~!』と、要と一緒に撮った画像付のメールを送ると、メール通りにすでに姿はなかった。
「もう、帰った」
「えっ!?い、いつの間にっ」
「帰ろうぜ。俺、腹減った」
そう言って、要の腕をひっぱった。背中に、潤たちの揶揄う声が聞こえてきたけれど、右手をあげて手を振り、その場から逃げ出した。
俺は早く、要と二人だけになりたいんだ。残された時間は、多くはないのだから。
駅前で昼飯を食べて、たわいないことを話し、笑い、見つめあう。それだけのことで、あっという間に時間は過ぎていく。
「帰るか」
「はい」
俺たちは帰りの電車に揺られながら、無言の時間を過ごす。言葉がなくても、そばにいるだけで、ゆったりした気持ちになれる。気が付けば、要が隣でうつらうつらしはじめた。
俺たちが降りる駅までは、そう時間はかからないけれど、このまま、眠ってる要の顔を見続けていたいと思う。
「んっ!?」
カクンと、俺の肩に頭をぶつけて目を覚ました。
「あ、あれ、そろそろ着きますか?」
寝ぼけ眼でキョロキョロと見渡す要が、可愛くて、思わず微笑んでしまう。
「ああ、そろそろだな」
駅名がアナウンスされて、ドアの前に立ち上がった俺たち。ホームに降り立った時、赤い夕陽が差し込んできた。夕陽の光に、目を細める。赤く染まった要が、振り向きながら、微笑む。
「さ、帰りましょうか」
この笑顔をずっと見ていたい。これから先もずっと。
だから、俺は前に進むために、叔父のところに行くんだ。要との未来のために。
「今日の夕飯、なんだろうな」
「えっ!?さっきお昼食べたばっかじゃないですっけ?」
「何言ってんだよ、もう夕方だろ」
じゃれあいながら、前に進もう。
俺は、ずっと、お前の隣にいるよ。どんなに離れてても、心は、お前の隣に。
<終>
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