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冬の章 四、永遠に廻る季節の中で

 あれからどれくらいの時を共に過ごしただろう。  山に時折生まれる"穢れ"は、銀花によってその身に封じられ、溜まった穢れは、"真の(つがい)"となった(ゆずりは)によって完全に浄化される。  そうやってふたり、永遠に終わることのない時を優しく育んでいく。  季節は廻り、春夏秋冬。廻る季節を繰り返す。 「銀花様、おかえりなさい」 「ただいま。今日は何をして遊んでいたんだい?」  自分の姿を見るなり駆け寄って来た愛しい者たちを、銀花は腕を広げて抱き止める。ひとりは胸に、ひとりは右脚に飛び込んできた。 「おかえりなさい、銀花様!今日は(ゆずりは)と隠れ鬼をしました!」 「ふふ。私は、すぐに見つかっちゃいました」  足にしがみ付いて見上げてくる幼子に微笑み、銀花は右手でそっと小さな頭を撫でた。  赤い瞳、白い髪の毛。自分の分身である幼子は、(ゆずりは)が望んだことで生まれた存在。  ひとの子とはまた違い、あくまでも神である銀花から作り出された分身体なのだ。  だが、それは自分を神として崇拝する者が望まない限り、生まれない。(ゆずりは)が強く望んでくれたことで、存在することを許されたのだ。  神狐の分身として生まれた幼子は、ひとの子よりも成長が遅く、十年以上経っているのにまだ五歳くらいにしか見えない。  (ゆずりは)は"真の(つがい)"として、その身は老いることなく出会った頃のままだった。その純真無垢な性格も変わらず、いつまでも可愛い花嫁なのだ。 ❅❆❅❆❅❆❅  幾度となく身体を重ねているのに、いつも初めてのような恥じらいを見せてくれるので、銀花はその度に優しく宥め、言葉を尽くす。 「もう少し先の事になるが、氷雨(ひさめ)に、次の山神を任せようと思う。いずれこの山を離れることになるが、それでも俺の傍にいてくれるか?」  ぼんやりとした瞳に銀花を映して、(ゆずりは)は少しだけ悲しそうな顔をした。  山神の代替わりは、次の山神を指名することで完了する。それはつまり、氷雨との別れを意味していたからだ。  情事の終わった(しとね)の上で、乱れた単衣を直すこともせずに、(ゆずりは)はじっと見つめてくる。  その姿は淫らなのにどこか美しい。肩から半分ずれ落ちている単衣。赤く腫れた唇。潤んだ瞳に残る涙の痕。(うなじ)にある、(つがい)の印である三日月の痣。首筋や太ももに残った赤い印も。  全部、銀花が(ゆずりは)を愛した証だった。 「私、は······銀花様の花嫁です」 「ああ、そうだな。俺の可愛い花嫁だ」 「氷雨様、は······可愛い銀花様の分身、です」  (ゆずりは)は眠たそうに瞼を半分閉じて、そんなことを言う。 (その言い方だと、俺が可愛いということになるが····まあ、いいか)  細かいことは気にしない銀花は、今日も俺の花嫁は可愛いな、と(ゆずりは)の乱れた衣を直し始める。その手をぎゅっと掴んで、ふふっと小さく笑う(ゆずりは)は、おそらく眠りに落ちる一歩手前だろう。 「······銀花様、愛しています」  愛して欲しい。そう、ずっと昔に願った。今は、こうやって毎日のようにお互いに伝え合う。その感情を(ゆずりは)が理解した時、ふたりはやっとひとつになった。そうなるまでかなり時間を要したが、銀花《ぎんか》は辛抱強く待ったのだ。 「ずっと、一緒、······です」 「ああ、そうだな。ずっと一緒だ」  愛しい花嫁の唇にそっと口付けをし、何度も誓い合った永遠を約束する。 「愛している、(ゆずりは)」  何度も何度も。何度でも。繰り返す、言葉。  唯一無二の(つがい)である、愛しいひと。  どうか、ずっと傍にして欲しい。  いつか朽ちてしまう、その瞬間まで。 ❅❆❅❆❅❆❅  それから数十年後、立派な青年の姿に成長した氷雨は、銀花から山神の代替わりの指名を受ける。十分に神気を溜め込んだ分身体は、神狐としても申し分ないだろう。 「俺たちはここを離れ、別の場所で静かに暮らす。この役目は、"穢れ"が無くならない限り続くだろう。間違っても荒神になどなるなよ、」 「肝に銘じます。でも俺にも(ゆずりは)みたいに可愛いお嫁さんが来てくれるかな?どうしよう、厳ついお嫁さんだったら····」 「その時はお前が愛してもらえばいい。そう思うだろう、(ゆずりは)」  秀麗な顔がふたつ並んで、(ゆずりは)を見つめてくる。少しだけ幼さが残るのが氷雨で、凛としている方が銀花だ。いつからか見分けがつかないくらいふたりはそっくりなのだが、性格はまったく違うようだ。 「はい、どんな方がお嫁さんでも、愛してあげてください!」  急に訊ねられ、(ゆずりは)は慌てて言葉を返す。変なことを言ってしまっていないか不安だったが、ふたりの反応を見るに問題なかったようだ。 「(ゆずりは)が言うなら、そうする」  にっと満足そうに満面の笑みを見せて、氷雨は頷いた。 「どうか、無事に、おつとめが果たせますように。そして、たくさん愛してもらえますように、」  (ゆずりは)は氷雨の手を取り、眼を閉じて祈るように言葉を紡ぐ。ずっと、三人でいられると思っていた。いつかは離れなければならないと知っていたけれど。それでも、本当に自分の子のように大切にしてきたのだ。  そんな大切な子に、幸せになって欲しいと願うのは、当たり前だろう。 「ふたりは一生、離れずにいてね。次に逢いに行く時にその方が楽だから!」 「はい、一生離れません!」  ぎゅっと銀花の腕にしがみ付き、自信満々の表情で(ゆずりは)が答える。銀花と氷雨はそんな様子を眺めつつ、お互い頷いた。 「では、しばしの別れだ」  (ゆずりは)を抱き上げ、銀花は空へと飛びあがった。一瞬で領域を離れ、その先に広がる景色に目を細める。あの時と同じ、真っ白な雪が山を染めていた。春も夏も秋も冬も、一緒に見てきた。何度も廻る季節を、永遠ほど。  知らなかった外のセカイは、今でも興味が尽きることはなく、いつだってはじめてを(ゆずりは)に与えてくれた。ぎゅっと首に抱きついて、銀花に甘える。寂しい。寂しくて泣きそうだ。 「泣いてもいい。故郷を離れるようなものだ。ひとは、こういう時に感慨深くなるものだと聞く。だが、そう嘆くこともない。氷雨も無事に役目を終えたら、また逢える。俺たちにはいくらでも時間があるからな」  慰めてくれているのだろう。銀花は頬を寄せてぬくもりを分けてくれた。どんなに時間を経ても、変わらない気持ち。そんなものがあるなんて、知らなかった。きっと、これから先も離れることなく、傍にいてくれると信じている。  生きるのも、一緒。  死ぬ時も、一緒。  それが、神の(つがい)となった者の宿命。(ゆずりは)にとって、それは僥倖だった。いつか本当の終わりが来た時、傍にいられるなら、いい。こうやって、抱き合って死ぬのも、いい。  永遠に廻る季節を、ふたり。  終わらない物語を、紡ぐ。  それは、四季折々に揺蕩う、"あなた"に恋焦がれる物語。  春夏秋冬、"あなた"を想う。  これは孤独な神と、それに触れた者たちの、終わることのない永遠の物語である————。 ~ 冬の章 了 ~ 【あとがき】 そして、季節は廻って春が来るのです。 ここまで楽しんでいただけたでしょうか。 この章をもって、季節の物語は完結となります。 ご愛読くださった皆さま、本当にありがとうございました! また、違う作品でお逢いしましょう。 柚月 なぎ

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