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一
自分の事を大切に思ってくれるような人間が、果たしてこの世の中にいるんだろうか。
細身の体格の女性顔、色素の薄い髪。他人はそれを見て、霧乃円を羨ましそうに見つめていた。植物と交わった異種生殖者を先祖に持ち、その“先祖返り”である彼は特別儚さを醸し出している。獣や蟲と交わった者達より、花の種の血を持つ者達の外見は美しく、儚さを持つ。それは何より自身の種族を絶やさない為、他種族を利用し増え続けた植物の進化の名残だった。
円は、夜にのみ花を咲かせる“月下美人”を祖に持つ。円の家系は遠い祖先に交わって以降、他の植物を祖に持つ家系との婚姻を繰り返してきた。月下美人の特徴が現れたのは、その家系で約二百年振りという稀有な存在だった。
「円、またそれだけしか食べないの?」
「うん。あんまりお腹空いてないし」
昼休みの学食、向かいに座る姫菱愛香(ひめびしあいか)が心配そうに尋ねた。女性である愛香はヒシという水草の種族で、円の遠縁の親戚である。そんな彼女は、自身の前にある学食の日替わりメニューと円の持つ菓子パンを見比べていた。
「円ただでさえ細いのに、ちゃんと食べないと体力付かないよ?」
「分かってるけど……あんまり食べる気になれなくてさ」
「……もしかして。また欲求不満なの?」
愛香の言い方に、円は思わず吹き出してしまった。「欲求不満なわけじゃないよ!」と慌てて否定はするものの、愛香は「ふうん?」と納得がいかない様子でカレーを頬張っている。
「植物出身の私達の中には、定期的にフェロモン撒いて蟲や獣出身の人達を誘惑しちゃうのがいるって聞いた事あるよ? 円は“そういう類”の花でしょ?」
反論の余地がない言葉に、円は唸った。
月下美人という花は、夜にのみ花を咲かせ、朝には萎んでしまう珍しい種だ。花を咲かせている間に花粉を運んでもらうべく、特定の種が近寄ってきやすい形状になっている。それに円の場合“先祖返り”という珍しいタイプで、所謂定期的にフェロモンという名の匂いを周囲に撒いて、他種族の人間を誘惑してしまう——まさに、愛香が言った通りの人間だった。
「俺は別に……誘惑してるつもりはないし。その匂いだって、薬飲んでれば抑えられるから」
「発散しなくて良いの? あんまり抑えると体調悪くなるよ」
「発散って言ってもなぁ……」
円は罰が悪そうに視線を移すと、愛香はニヤリと意地悪く笑った。
「誰かいないの? 抱いてくれる子」
「い、いないわ!!」
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