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20 春に君の隣を歩く4

 あんなに苦しかったのに、再び挿ってきたそれに悠人はホッとしたような嬉しそうな声を上げた。さっきとは違う、少し摩擦感を増していたがそれよりもまた気持ちよくして貰えるんだと期待するだけでギュッと締め付けてしまう。 「すっげーエッチ……またあそこをいっぱい擦るから、感じてて」  両足を肩にかけた中西が、激しく動き始めた。 「ぃっ、やぁぁぁぁぁ!」  さっきよりもずっと執拗に擦られて、髪を振り乱しながら感じ続けた。中だけでも気持ちいいのに、中西が大きくなってまた透明な蜜を零し始めたそこを扱いてくる。 「たくまっ、たくまぁぁぃく! またいっちゃう!」 「達こうな……一緒に」  必死で中西の身体にしがみついて、自分から中西にキスをする。  苦しい体勢でもそうしたかった。がむしゃらに舌を絡ませて最後の一瞬へと向かう。 「ぁぁぁぁっ!」  中西の手の中に蜜を吐き出せば、激しく中を擦っていたものもドンッドンッと奥を突きながら次第に動きを止めていった。  ドサリと中西が倒れ込んで、心地良い日差しの中で二人は荒い呼吸を繰り返した。  達ったのに全然興奮が冷めない。頭が真っ白なまま、指一本動かせない。セックスってこんなに人間をおかしくさせるんだ。こんなにも訳が分からなくなるんだ。呆けたまま天井を見つめ、初めて感じた中西の体重だけが確かなもののように感じる。重いのにこんなにも幸せが身体いっぱいになる。  肌を触れ合うだけでとめどなく幸福感が溢れる。  肉の悦びだけじゃないなにかが、そこにあった。 「悠人、大丈夫か?」  大きな手が頬を撫でる。 「ん……へい、き」  気持ちよくて指一本動かすのが億劫で、うまく動かない頭でそれだけ伝えた。重く確かな体温を纏った身体が離れていくのが少し寂しかったが、代わりに近づいてきた顔が、甘く開いた唇を塞いだ。 「悠人が生きてるって、感じた」 「たくま?」 「今までずっと不安だったんだ。もしかしたら目の前にいる悠人って俺が作り出した幻じゃないかって。いつか霧みたいに消えてなくなるんじゃないかって……とても怖かった」  あまり表に出さない中西の本音。彼なりに心配してくれていたのか、成功率五十パーセントの手術で果たして無事帰ってこられるか、と。もし悠人がいなくなったなら正気を保っていられるのか、と。 「心配かけてごめん」 「悠人は幻じゃないよな。ちゃんと生きて、俺の隣に帰ってきたんだよな」  手術を受けて二年も経つのに、休日のたびに一緒にいるのに、それでも不安で胸を押しつぶされそうになっていたのか。  あの小説は、その不安定な心が産んだ恐怖を纏っていたから、あれほどまでに行間に不吉さが溢れていたのだろう。  何度も塞いでくる唇をペロリと舐めた。 「生きてるよ……生きて、ちゃんと拓真の隣にいる」  重い腕をその首に絡めキスを深くする。 (大丈夫、疑うな、ちゃんと生きてるから……拓真の隣にいられるように)  悠人に体重をかけないように中西が悠人をその身体の上に乗せる。動いたタイミングで力をなくした中西のがずるりと抜ければ、今までいっぱいにされていた場所が寂しくてしょうがなくなった。  ちゃんと存在すると証明するように舌を絡ませ続けた。 「ちゃんと、いるだろ?」  荒い吐息の合間に告げれば、小さく「うん」とだけ返事をして、けれどもっと確かめるように深いキスを続けた。 「ごめん、まだ足りない。もっと悠人がここにいるんだって確かめていい?」  もう一度悠人の身体をベッドに置くと中西が身体を起こした。  あぁ、またするのかと足を開けば萎えたそこに変なものが着いていた。 「なに、それ……」  悠人の視線を辿った中西がいたずらが見つかった子供のような表情をする。 「コンドーム。これなら悠人が辛くないだろ。精液が中に残ってたらお腹痛くなるってきいて、もう一度悠人とこういうことができるならって準備したんだ……嫌?」  コンドームを外してティッシュで綺麗に拭きながら処理を始める。悠人はその手順を目で追いながら、重そうな精液でいっぱいのそれがゴミ箱に投げ捨てられるのまで追った。 「いや……じゃないけど」 「良かった。ローションも、男同士はどうやったらいいかもいっぱい勉強したから……って悠人、顔がめちゃくちゃ怖いんだけど」  勉強という単語を耳にしてあんなに幸せが蔓延っていた心が一気に淀んだ影を落とすのが自分でも分かる。 「どうやって勉強したんだ、こんなこと」  今までにないくらい、声が低くなる。もしかしてしばらく会えない間に誰かに手ほどきを受けたと言うことか。 「ネット! ネットに決まってるだろ! 俺がこんなことしたいと思うの、悠人だけだから!! 他の人とかあり得ないから!!」 「本当か?」 「本当です……だから信じて!」 「信じていいんだな」 「信じてください……セックスしたの、悠人が初めてだし、これからも悠人とだけだから」  しょんぼりと見えない耳を垂らすのが可哀想で可愛くて、抱きしめたくなる。手を伸ばせばまた中西が身体を近づけてきた。自分よりもずっと逞しい身体を抱き寄せれば、薄い肩に甘えたように顔を擦りつけてくる。 「本当だから、信じて……」 「……わかった、信じる。またしたいんだろ。いいよ、拓真が不安に思わなくなるまでしていいから」 「悠人……本当に大好きだから……、愛してるから」 「分かってる」  中西がどれだけ大切にしてくれているか、一番知っているのは悠人だ。高校を卒業しても放課後になれば当たり前のように校門の前で出てくるのを待っては、手を繋いで一緒に帰りたがったし、ケンカをする暇がないくらい、いつも気遣ってくれた。  誰の目があろうと隠さずこの手を握り続けてくれたのは中西だけだ。 「分かってる。だからちゃんと生きてるだろ」  死にたがりの自分を引き留めているのは中西だ、他の誰でもない。中西が隣にいてくれるから生きたいと願い、生きるための選択をした。だから、本当に命がつきるまでずっと隣にいて欲しい。  こんなことを考えてしまう自分もまた、他者から見れば重いのかも知れない。  小説の中で怖いと感じるほどに愛を叫び続けた中西を馬鹿にはできない。  こんなにも熱い想いを寄せてくれる中西に返せるのは、この身体だけだ。  だから。 「拓真が不安にならないくらい何度でもしていいから」  細いままの足をまた大きく開けば、ゴクリと唾を飲む音がする。細くて傷だらけの身体にさえ欲情するのが嬉しいと言ったら、中西は満たされるだろうか。  指がまた二人が繋がった場所に潜り込んだ。 「んっ」 「少し乾いちゃった……ローション足して、また悠人の中に挿って、おかしくなるくらい締め付けてくるのいっぱい味わうけど、いい? 今日だけじゃなくてこれからずっと……」  未来への約束。それが悠人を彼の隣へと縛り付ける。 「当然だ。だから拓真もいなくなるな」  幸せで緩んだ心が本音を漏らす。 「ならないから、絶対に。悠人のこと、一生めちゃくちゃ大事にするから」 「なんかそれ、プロポーズみたいだな」  笑って流そうとしたが、中西がきょとんとした顔になる。それが徐々に悲壮に満ちた絶望的なものへと変わり、頭を抱えて青ざめ始めた。 「えっ! うそ……プロポーズは悠人が卒業するときにするつもりだったのにっ!」 「……そんなことまで考えていたのか?」 「当たり前だろ。秀人様にもその人生設計を提出してあるし!」  一体兄と中西の間でどんなやりとりをしているのか。今度こっそり教えて貰おうと思いながら、笑いが堪えられない。 「そんなに笑うなよぉ」  情けない声でのクレームが出ても止められず、ひたすら笑い続ける。 「もういい」  拗ねた中西は、笑い声を別のものに変えるためにローションを足した指をそこに潜り込ませた。 「ぁっ……え?」 「笑ってていいよ……どれくらい中を弄ったら笑えなくなるか試すから」 「も、もう笑ってないっ」 「ここ、かな?」 「ぁんっ……やぁっ」  堪えられなかった笑いが、気持ちいいことが始まれば自然と消滅して、さっき知ったばかりの快感を追い始める。大きく足を開いたまま腰をもじつかせ、あの場所を擦られたら甘いばかりの声が上がってしまう。ローションをたっぷりと足され指がスムーズに出挿りできるようになれば、また元気になった中西が挿ってきて蹂躙してくる。  悠人にできるのは覆い被さってくるその身体にしがみつきながら快楽に翻弄されるだけだ。さっきよりも長く中を暴きながら感じる場所を擦られ、二回目だというのに狂ったように身悶えた。もう笑う余裕なんかない悠人の身体をたっぷり味わって、また薄いゴムに精液を吐き出せば、翻弄され続けた悠人も弄られないまま三回目の精液を飛ばした。  ずるりと抜けるのさえ甘い声を上げては離れないで欲しいと上目遣いで見上げてしまう。そんな悠人の艶姿に煽られてはまた元気なって、日が傾くまでずっと繋がっていた。  ようやく落ち着いた中西が背中から悠人を抱きしめた。喘ぎすぎて掠れた息で激しく胸を上下させながら、包み込まれる温かさに微睡んでいく。  チュッチュッと肩にキスが落とされるのを感じながらそっと目を閉じた。  こんなに愛された後、明日から始まる未来が酷く輝かしいものに思う。 (死ななくて、よかった……)  死んでしまったらそんな未来はない。暗い気持ちのままこの世界を魂は漂っていたことだろう。脳裏に思い浮かべるのは太陽を彷彿とさせる愛しい人の笑顔。それがすべての霧を晴らし憂いを消してくれた。愛されるのがこんなにも心地良いと教えてくれた。  その存在が愛おしくて、腰に回された手を握る。  きっと明日も君の隣で、ゆっくりと歩いて行ける。そんな希望を抱きながら、とろりと心地良い微睡みの海に身を投げ出した。 -END-

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