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1 ハイブリッド・ティーローズと約束1
小学校で行われたバース診断の結果が出た日、母が言った。
「お父さんとお母さんがあなたにピッタリの番 を見つけるから、それまでベータのフリをするのよ。絶対オメガだと知られてはダメ。分かったわね」
「はい、お母さん」
学校の保健体育で習ったからアルファやオメガ、ベータについては分かっていたが、なぜベータのフリをしなければならないかまでは理解していなかった。
ただ素直に母の言葉に従い、12歳からずっと薬を寝る前に飲むことを義務付けられ、良家の子女が多い大学までエスカレーター式の学校に通い、運転手が送り迎えをする毎日にも不満を抱かず、ただただ守られるだけの日々を過ごしていた。毎日薬を飲み、月に一度病院に通わなければならないくらい身体が弱いせいだと思っていた。
父と母の庇護の下で生活し、代々続いてる家業は優秀なアルファの兄たちに任せ、自分は末っ子として可愛がられるだけの日々に疑問も抱かず、ちょっと成績が悪くても笑って済まされる生ぬるい日々を過ごしていた。
刺激のない日々がずっと続くんだと菅原 碧 は思っていた。
今日、この日まで。
昨日突然両親に呼ばれて見合いだと告げられても、感慨もないまま頷いた。
言われるがままにスーツを着て、連れて行かれるがままに料亭に足を運んだ。
そして、自分の番が現れるまでただぼんやりと料亭の座布団に正座するだけだった。
その人は鹿威 しの音とともに襖を開け、現れた。
「遅くなって申し訳ございません」
下げた頭を上げた時、碧は世界が急に極彩色に染め上げられたような衝撃が走った。
(かっこいい……)
父と母が選んだ相手だから変な人ではないだろうと釣り書きなどまったく見ずにやってきたが、まさかこんなにもカッコいい人が来るとは思っていなかった。
背が高く、スーツの似合うがっしりとした肩幅、その上に陽に透かすと茶色がかった柔らかそうな髪と柔和な表情がよく似合う、清潔感のある人だ。
(この人が僕のお見合いの相手なんだ……)
こんなにもカッコイイ人がわざわざお見合いするのかと驚きながらも、その綺麗な顔に見惚れる。ポカンと口を開けたままの碧に、母の容赦ない肘鉄が脇腹に突き刺さった。
「んっ……酷いよ、お母さん」
「ぼうっとしてしまうほどお待たせしてしまい、申し訳ございません」
男性は上品な笑みを浮かべながら、テーブルをはさんで碧の前に座った。
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