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3 美術館とバベルと初デート2

 その笑みを見て一輝が息を飲み、誤魔化すように席を立った。どうしたのだろうと碧は一輝を見上げた。 「……さて、そろそろ出かけようか碧くん」 「あっ、ごめんなさい。僕が遅くなったから……」  ぼやぼやしていたから、時間が押してしまったのだろう。碧もあわてて席を立った。 「気にしなくていいよ。では菅原くん、またの機会にゆっくり話そう」 「玄兄さん、行ってきます」 「あぁ。気を付けて行ってこい。門限は五時だから忘れないようにな」  長兄に見送られながらリビングを出て玄関へと向かう。優秀な執事がすでに扉を開けて待っていた。  玄関を抜けると曲線の美しい赤いオープンカーが碧を待っていた。 「凄い、綺麗……」  思わず感嘆の言葉が漏れてしまうほど美しい車に一輝は近づき、執事から受け取ったカギで右側の扉を開いた。 「どうぞ。車高が低いから座るときに気を付けてね」  手を引かれ、碧はドキドキしながら車に乗り込んだ。こんなにカッコイイ車に乗るのも初めてならオープンカーも初めてで、一輝と一緒だというのも相まって興奮して落ち着かないが、皮のシートは程よい反発力を持って碧を包み込む。  車に乗っているのに緩やかな春の風が頬をくすぐっていく。  毎日登下校に乗っているセダンとは違った趣につい表情も明るくなってしまう。  そんな碧の様子を見ながら一輝も左ハンドルの運転席に乗り込み、エンジンをかける。低い地鳴りにも近いエンジン音。 「行ってらっしゃいませ」  執事がいつものように丁寧に頭を下げるのを碧は手を振って応えた。  それを合図に車が滑るように走り出す。  見慣れた門扉を抜け、家の前の道を進み幹線道路へと入ると、車の流れに合わせて一輝の車もスピードを上げていった。  助手席に乗ること自体が初めての碧は、よどみないハンドルさばきに見入っていた。 「この車、気に入ったの?」  オープンカーだから喋る声は風に流されてしまうと思っていたが、大きな声を出さなくてもきちんと届いて碧は変な声を上げて助手席で跳ねあがった。 「どうした?」 「あっ、声……普通に喋って聞こえるんだと思って……」 「そういうところはちゃんと設計されているんだよ。せっかくのデートに恋人とお喋りもできないと困るだろう」  さらりとデートと言う単語を使われてすぐに頬が赤くなる。  そうだ、今自分は一輝とデートをしているんだ。しかも初めての。  意識してしまうともう顔を上げることができない。 (な、なんか喋らないと……えとなにを訊かれたんだっけ)

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