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3 美術館とバベルと初デート1

(どうしよう、もう約束の時間だ!)  碧は慌ててクローゼットから服を取り出した。  絵を描くのに夢中になって約束の時間ぎりぎりになってしまった。 「よかった、昨日のうちに服を決めておいて」  お見合いしたあの日から一週間、また一輝に会えるのを楽しみにしていたと同時に、どんな話をすればいいのだろうと頭を悩ませていた。10も年の離れた相手との共通話題がない。いや、それ以前に同級生たちとの話題にすらついていけない碧である。浮世離れしているとよく言われる自分がなにを喋ったらいいのかわからない状態だ。  でも、一輝に会いたい気持ちは強かった。  またあの優しい笑顔が見たいと思ってしまうのだ。 (凄く華やかで優しい人だよね……)  思い出してはぼんやりしてしまう。 「天羽さんを待たせているんだった!」  急いで服を着替え、髪を整える。ざっと鏡で自分の姿を確認して部屋を飛び出した。  執事に告げられたリビングの扉の前で一度立ち止まり、呼吸を整えていると中から笑い声が上がった。  一輝のほかに誰かいるのだろうか。  恐る恐るノックして扉を開ける。 「天羽さん、遅くなってごめんなさい……」  顔を覗かせると、一輝の正面に長兄が座っていた。 「玄兄さんお仕事は?」  父の会社で働いているはずの長兄が、土曜日にも拘らず家にいる珍しさに驚く。いつもなら休日返上で仕事に出かけているはずなのに。 「いや、天羽くんが来ると聞いてね。旧交を深めようと思って待っていたんだ。おいで、碧」 「お二人は知り合いだったんですか?」  長兄に促されるまま隣に座る。 (今日もカッコイイな……)  前回のビシッとしたスーツ姿もカッコよかったが、今日のラフな白いTシャツにテーラードジャケットを合わせた姿も男性ファッション誌のモデルみたいだ。 「あぁ、中学から高校卒業までずっと同じクラスだったんだ。確か大学も同じだったな、学部は違っていたが」 「そうだね。学生時代のほとんどを一緒に過ごしたね」 「凄い! 兄さんの学校は優秀な人が多いって言われてますよね。天羽さんも優秀なんですね」  羨望の眼差しで見つめてしまう。  都内在住のアルファが集うので必然的にそうなったとは知らない碧に、一輝も玄も笑ってごまかしているのに気付いていない。碧の前ではバース関連の話はご法度だ。だから学校の詳細を伝えられることもない。そのことに気付かないまま、自分と一輝の意外な共通点があったことが嬉しくて、ふわりと顔が綻んだ。

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