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3 美術館とバベルと初デート5

「ぁ……ここ……」  渋谷のスクランブル交差点を過ぎ車が向かった先は老舗百貨店。  一輝は危なげなく走り抜け、迷いなく地下の駐車場へと入っていく。 「お買い物……ですか?」 「ついでに買い物もしようか」  ついで、ということは買い物ではないのだろう。ではなんのためにここに来たのか。  海外映画で見るようなエスコートに照れながら車を降り、肩を抱かれながら駐車場からのエレベータに乗った。  初めての経験だ。誰かに肩を抱かれるのも、店に入るのも。  買い物と言ったら百貨店の外商が家に来て持ってきたカタログや品物から選ぶのしか知らなかった碧には、駐車場から華やかな店内に入るのですら新鮮でたまらなかった。  自分の知らない世界。  尻込みしそうになる碧を、一輝は手慣れた仕草で出口へと誘導する。そして一度外に出て隣の大きな建物へと入っていった。 「今日の目的地はここ」 「ぁ……」  入り口に張られたポスターに釘付けになった。ウィーンにある著名な美術館の名前と風景画の文字、そして教科書にも載っている絵画が大きく描かれている。  そのまま動かなくなる碧の肩が優しく叩かれる。 「碧くんは風景画が好きだって言っていただろう。タイムリーな企画をやっていたからね。行こう」  地下にある美術館へ向かい、チケットを購入して入っていく。  その最初の絵だけでもう碧は夢中になってしまった。 「すごい……」  神話の一場面を切り取った内容の絵は、人物を中心として描かれているはずなのに、風景が細部まで細やかに描き込まれている。遠近法を巧みに使い、遠くの山の色彩は淡く、空と同化するのではないかと思われるほどの色彩を使い、近いものははっきりとした色使いで絵なのに写真のように忠実に古い建物が描かれている。  ただ美しいだけではなく吸い込まれてしまいそうな絵に、碧は目が離せなくなる。  一枚一枚、ゆっくりと見つめ、解説を読む余裕すらない。時代順に飾られた絵は神話から庶民の生活を映し出す物へと変わっていく。暗い色合いのものが近代になるとどんどん明るくなっていくのが面白い。  ゆっくりと歩く碧に、一輝はなにかを言うでもなく静かにずっと付き添ってくれていた。最後の一枚を見終わるその瞬間まで。 「すごい……」  あまりの美しい風景画に嘆息する碧を促し、もう一周させようとしてくれる。だがそこでハッとした。 「ぁっ、一輝さんごめんなさい。僕見惚れちゃってて……」  一輝のことを全く気に掛けることが出来なかった。連れてきてもらっているのに、隣にいる相手を忘れてしまうなんて……。 「謝ることはない、そのために来たんだから好きなだけ見て行こう。碧くんはどの絵に興味があった?」  一瞬で途切れさせない話術で巧みに碧から言葉を引き出していく。二周目ともなると碧にも余裕ができ、二人で一枚一枚感想を語り合いながら進んでいった。

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