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4 水族館とあなたの隣とダメな僕6

「今日は人が多いからできなかったが、今度はバックヤードツアーに行こう」  水族館が開催しているツアーは、申込者が多く諦めたが、参加したらきっと彼は喜ぶだろう。  今日できなかったことを約束すると、あのふわりとした幸せそうな笑顔が向けられた。 「絶対ですよ、約束です!」 「あぁ、約束」  こんな小さな約束に喜んでくれるだけで、一輝まで幸せな気持ちになる。そして絶対にこの約束を果たそうという気持ちになるのだ。 (不思議な子だ)  隣にいるだけで幸せを与えてくれるなんて。  だから愛おしさが増すのかもしれない。  人の少ない丘の上へと上がっていく。  一輝が思っていた通り、人は少なかったが、たくさんの機材を持った一団と遭遇した。  その中心にいたスラリとし背の高い女性と目が合う。 (まずい!)  瞬間的に鳴った心の警報に従ってその場を離れようとするより先に、女性が声をかけてくる。 「一輝、仕事を見に来てくれたの?」  こっちに来るなと心で叫びながらも、みっともない姿を碧に見せなくないから平静を装う。 「やあリナちゃん、久しぶりだね」 「久しぶりじゃないよ。ずっと連絡してたのに未読スルーするなんて酷い」  面倒な女に会ってしまった。なんでこんな時に出会うのだ。自分運のなさを呪ってしまう。  自社の広告で起用したタレントだが、立ち会った一輝のことを気に入り、ガンガンにアプローチしてきた。その頃はまだ特定の相手がいなかったから暇つぶしにもってこいでちょっと遊んだだけ、というのが一輝の認識だがどうやら相手は違ったようだ。 (三か月も連絡を無視しているのだからいい大人ならそこ解ってくれよ)  もしこの場に碧がいなかったらそうぶつけていただろう。  碧の前ではとてもじゃないが、そんな言葉を口にするのも憚られる。 「あの……一輝さんのお友達ですか? 僕、むこうに行ってますね」  ただならぬ雰囲気を感じているだろう碧が、そっと一輝の傍から離れようとするのを力で阻止してしまう。どうしてもこの子を手放したくない。  リナは第三者の声に初めて一輝が一人ではないのに気付いたようだ。高慢な性格のリナが蛇のような鋭い目つきで碧を睨みつける。しかも一輝に肩を抱かれているのが気に入らないのかあからさまに侮蔑した表情をし出した。 「しばらく連絡がなかったと思ったら、子守に忙しかったの。随分地味な子だけど、一輝の親戚とかなの? こんなパッとしない地味でちびでなんの取り柄もなさそうな子をまさか新しい恋人とか言わないよね」  攻撃的な口調が容姿だけでなく身に着けているものまで攻撃を始める。そのどれも的外れだ。碧の魅力はそんな目に見えるものではないというのに。だからすぐ飽きたのだ、こんな中身のない人間といても楽しいのは一瞬だけだ。容姿しか取り柄のないリナだから連絡を絶ち切ったというのに。

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