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8 挨拶と婚姻届と悲しい現実2
碧の纏う空気に触れればすぐに気にいると思っていたが、予想に反しはしなかった。
一輝の隣に座らせるのが定石だが、なぜか父は自分の隣に招き、緊張しまくっている碧もそれに従う。
「あ、ちょっと!」
一輝が止めるのも聞かずに自分の隣に置き、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする。お茶を勧めたりお菓子を勧めたりと本題に入るまでに時間がかかる。焦れて話を切り出したのは一輝だった。
「父さん、碧くんは今日挨拶に来ているんですよ」
穏やかな口調で、だがオーラで威嚇していく。オメガの碧には気づかないようだが、分かっていて父は笑い、いなしもせず一輝の存在を蚊帳の外に置こうと碧に向き合った。
(くそ親父がっ!)
碧の前では決して口にしない罵りを心の中で叫ぶ。
「碧くん、父に話すことがあるんだろう」
「ぁっ、そうだ。あの……」
碧は居住まいをただすと、一輝の父と目を合わせ勢いよく言葉を吐き出した。
「一輝さんを僕に下さいっ!」
「へ?」
「はい?」
天羽家の男どもが揃って変な声を出す。
「碧くん……あの、私をくださいって……え?」
「結婚のご挨拶でこういうのが伝統だって兄さんに聞いたんですけど」
「いや、それは昔よく言っていたけど、今は違うんだよ」
必死で説明する一輝の頭の中に、白いタキシードを着た碧とウエディングドレスの自分の姿が浮かびはじめ、慌ててそれを打ち消した。
どう考えたってウエディングドレスが似合うのは碧の方だ。
そういう事ではなく、こんなちまちまとした意趣返しを仕込んできたのか、あのバカ兄たちは!
当然心の中で叫んで、おくびにも出さない。
「今どきは『結婚したいと思っています』とか『結婚を許していただけますか?』というのが主流でね」
「そうなんですか? 言わないんですか?」
「もう言わないね、元号二つ前くらいに使われていたものだから」
「ごめんなさい、僕知らなくて」
「いや、碧くんが悪いわけじゃないんだから謝らなくてもいいよ。もう一回やり直しをしようか」
そのやり取りに一輝の父が豪快に笑う。
「菅原家にやれないが、碧くんにはこのバカ息子をやろう。なんだったら家と車も付けるぞ。ペットもいるか?」
「そんなっ、一輝さんだけで充分です! ペットは飼ったことがないので憧れるんですけど」
「ほう、どんなのに憧れるんだ?」
「綺麗な大型犬と一緒に住むのが夢なんです」
「ボルゾイやサルーキなどかな」
「一輝さんのお父さん、犬に詳しいんですね。凄い! 僕名前がよくわかってないんです。でもいきなり大型犬よりは小型犬のほうが良いのかな?」
「いやいや、トレーナーをつけておけば問題あるまい」
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