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8 挨拶と婚姻届と悲しい現実3

「そうなんですか? 僕、こういう感じの犬がいいんです」  そして始まった犬談義は、別れる間際まで続き、その間一輝は一言も口を挟めなかった。  最初から口を挟む気が全くない母親がぼそりと「こうなると思ったわ」と呟いただけだった。  挨拶が済めば次は結納で、滞りなく進み、式場は自分たちで選ぼうと思っていたが、会社関係の兼ね合いで両家の母親が主導となり進められたため、一輝と碧は置いてけぼりになってしまった。元より式場にそれほど思い入れのない二人なのでそのまま任せることになった。  一番面倒な部分を女性陣に任せてしまったのでぽかりと時間が空いてしまい、その間に二人の生活のビジョンを話し合った。  一輝の部屋に招き入れ、碧の希望を訊いた。 「家はパパさんからたくさんパンフレット届きましたけど、どうしよう……」  一輝の両親を「パパ、ママ」と呼ぶよう言われた碧は、素直に親しみを込めて「パパさん、ママさん」と呼び始めている。それを聞くたびに青筋が浮かんでしまうのを一輝は制御できないでいた。  厳つい顔をしてなにが「パパ」だと毒づいてしまう。 「碧くんが住むんだから自分の理想の家にすればいいよ。どんなのが好みかな」 「僕あまり詳しくないんですけど、一輝さんに連れて行ってもらった都の庭園美術館の建物は好きです。二人で住むには大きいですけど」 「なるほど。ではあの建物をベースに必要な部屋数を考えよう」  子供の数……と言いかけて慌てて口をつぐむ。まだ結婚していないからバースに関する話はできない。今まで話した限り、バース関係の知識は疎いどころか、無知だ。法律上、男同士で結婚できるようになっているから、結婚に対してはすんなりと受け入れているだろうが、いざ子供の話となると理解しているかが疑問だ。  こんな状態で家の設計なんてまだ早い!  きちんと家族計画を立ててからでなければ……。  一輝はすぐにでも新居をと考えていたが一度その考えをリセットした。 「急がなくてもいいよ、碧くん。いい家は時間をかけて練っていくというからね。せっかくだから家具も凝った物にしよう」 「……でもそれまで一輝さんと一緒に住めないの?」  それは絶対に嫌だ! 別居婚大反対。  しかも碧が少し寂しそうな顔をしているのがまた可愛い。早く自分と暮らしたいと思ってくれているのがもういじらしくて、鼻の下が伸びるどころかこのまま押し倒したい。  やらなくてもせめてキスだけ……。いやいや、まだ婚約段階だ。菅原家からは結婚してからすべて解禁と提示されているんだ。ここまで来て婚約破棄なんて悲しい結果だけは避けたい。

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