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8 挨拶と婚姻届と悲しい現実4
「新居が建つまでここに住むのはどうかな? 私は一日でも早く碧くんと一緒になりたいな」
一緒の意味が様々あるのは内緒にして伺いを立てる。
「そうか! 一輝さん本当にすごいなぁ。僕、家ができるまで一緒に住めないと思ってました。急がなくていいんですね。パパさんにそれ、伝えます」
「……父に伝えるって連絡先を知っているのかい?」
「はい。これ貰ったんです」
取り出したのは三か所だけ発信できる子供向け携帯電話だ。
「これ、自宅と父の会社とパパさんとお話ができるようになっているんです」
その手があったが。
だがなぜそこに一輝の電話が入っていないのか。どう考えても父の嫌がらせだ。挨拶以来、我が子以上に碧のことを可愛がり、欲しいものはないかとあれこれ気にしている。まさか、直接連絡するために携帯電話を渡すとは。
菅原家からなにもクレームが出ていないところを見ると、周到に根回しをしているのだろう。
「その番号を教えてくれるかい。そうしたら私も碧くんに連絡ができるね」
「番号? これかな?」
「……それは型番だね。電話番号があると思うんだけど」
「これ、電話なんですか?」
情弱とはわかっていたが、ここまでか。さてどうしようか。
いやいやいや、今はとにかく婚姻届けを出すことを目標にしよう。
心を落ち着かせてもう電話のことを忘れることにした。諦観の極みだ。そのうちあの電話を水没させてやると心の奥で誓いながら。
「碧くんは気にしなくていいよ。家のことはゆっくり詰めていこうね。ここに越してくるのは婚姻届けを出した日でいいかな。高校の卒業日にするかい? 提出するのに希望の日はあるかい?」
「そうですね……いつでもいいんですか?」
「平日や祝日でも大丈夫なはずだよ。入籍は結婚式と同日でなくてもいいしね」
「同じ日じゃなくていいんですね。なら卒業式の次の日がいいです。卒業式の日は家族と一緒にいたいから……」
最後の子でいる時間を味わいたいのだろう。
寛容な婚約者の余裕を見せる。
「そうだね。それがいいと思うよ。入ってすぐの部屋を碧くんのアトリエにしよう」
「ここで絵を描いてもいいの?」
「当たり前だろう。私は碧くんの描く絵が大好きなんだから」
「一輝さんありがとうございます!」
嬉しさに抱き着いてくる碧に、健全な男子である一輝はいろんなところがむらむらしてくる。
もう押し倒したい。
そうでなくても出会ってから手を出さない記録を日々更新中だ。今までだったらちょっとでも抱き着いてきたらすぐに美味しくいただいていた一輝にとって、地獄だ。
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