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15 発情と番と幸せと9

 しかし、二人はそれをぐっと飲みこむ。同じ部屋の中に実母がいるからだ。  菅原製薬の陰の支配者であり、菅原家の絶対的権力者には、二人とも太刀打ちができない。  なぜ見合い相手に一輝を選んだのかを訊いたことがある。品行方正とは言い難いこの男が碧の相手というだけで大反対だったから。  だが母の返事にぐうの音も出なかった。 「セックスが下手な男よりも上手なほうが幸せよ」  まさか、下半身だけで選ばれたのかと愕然とする一方、俯き小さくなる父の背中が痛ましかった。  すべてを悟った兄たちはそれ以降、一輝に個人的な嫌がらせはするものの、表立って何かを言うことはなかった。  その一輝を選んだ母と弟を前に、本人を糾弾できず、とりあえずソファに腰かけた。 「あのね、今日はみんなにお知らせがあるんだ」 「なんだい。教えてくれ」  理解のある兄の表情を浮かべる。  一輝と碧がお互いの顔を見合わせて幸せそうに「うふふ」と笑うのが気に食わないが。 「子供が出来ました。しかも双子です!」  意気揚々と報告した一輝に兄たちは真っ白になるほど固まり、両親はもろ手を上げて喜んだ。 「まぁまぁまぁ。初孫ね。予定日はいつ? 里帰り出産にするわよね、当然。あぁ名前はどうしましょう」 「とうとうおじいちゃんか……いやぁこれはめでたい!」 「まだ安定期に入ってないの? すぐにお手伝いさんを寄越すわ。乳母の手配もしなくちゃ。いい碧、入選したばかりだけど、しばらくは油絵を描くのはやめなさい。赤ちゃんにどんな影響があるか解らないからね」  早速お爺ちゃんお祖母ちゃんモードになった両親とは反対に、兄たちは怒りに我を忘れた。 「おまっ、碧と子作り……がーーーーー!」 「碧は妊娠するようなはしたない子じゃない! 僕の碧を返せ!」 「お義兄さんたちも早く結婚してご両親を安心させてくださいよ、あっはっはっは」  二人に揺すぶられても、一輝は幸せそうに笑うばかりだ。その横で相変わらず碧は兄たちと夫は仲がいいなと微笑ましく見守っている。 「性別がわかったらすぐに連絡してね。女の子なら豪華な雛人形を買わないと」 「パパさんたちも同じ事言ってた」  さらりと息子からそんな報告を受けた母は一気にババスイッチが入る。孫のこととなると人間、特に祖父母というものはおかしくなるらしい。  近い将来、天羽家と菅原家でジジバババトルが展開されるがそれはまた別の話。  新しい家の中で家族の賑やかしい声が響くリビングの壁には、この家の|主《あるじ》がソファに横たわり光を浴びながら午睡を貪っている温かな絵が飾られていた。 -END-

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