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信じられない事態にゼリー状の体が大きく跳ねる。
一瞬レイがこちらに視線を向けるが、すぐにアッサムの話に集中した。
「ご存じの通り、現在魔族は勢力を分散させ、方々に散っております。中でも王が背後を取られないか懸念を抱いているシド卿は、スズイロ卿の第一子として有名ですが、彼の魔族領にて、スズイロ卿の姿が確認されました」
「信じられん、なんということだ…………」
オレの心境もレイと全く同じだった。
シドのヤツ! さてはオレの死体を動かして遊んでるな!?
シドは死霊使いとして有名だったヴァンパイア族の女との間に生まれた子供だ。当然のように死霊使いとしての技量を母親から受け継いでいた。
死体が粉々にでもなっていない限り、彼ら死霊使いは死体を修復し、操ることが出来る。
きっとシドは勇者パーティーに破れたオレの死体を回収して、死霊魔法を施したに違いない。でなければオレというスズイロの意識はここにあるのに、体が別行動している説明がつかなかった。
「……シド卿は確か母親がヴァンパイア族だったな。ヴァンパイア族の中には、死体を自由に動かせる者もいるという。彼が父親であるスズイロ卿の死体を動かしていることも考えられるのではないか」
「我々が確認している死霊使いの能力は、見るからに死体と分かるほど体が崩れた死体を操るものです。目撃されたスズイロ卿は、傷一つなく生前の美しさを保っていたとか。勇者パーティーに倒された彼の死体が無傷であるはずがありえません」
……あれ? 死霊使いの修復能力について人間側は知らないのか?
考えてみれば戦場で死体を動かすときは、ゾンビ兵やスケルトン兵として戦線に出すので、修復する手間はかけない。
人間側が死霊魔法を目の当たりにするのは戦場でだけなので、死体の修復能力を知らなくても無理はなかった。
「ううむ…………」
「どうか今一度、交渉の席について頂けないでしょうか」
「交渉は相手あっての話だろう。シド卿にその気がないのなら、私が出向いたところで無意味だ」
「それがシド卿の方からグレイクニル様のお名前が出たのです。グレイクニル様となら話し合いの席についてもよいと……どうか、お願い致します!」
シドがねぇ……? オレが言うのもなんだが、ファザコンのアイツがオレを殺した帝国の人間と大人しく話しをすることはないと思うぞ。
第一、グレイクニルが生きていたことは、オレすら知らなかったことだ。シドも死んでいると思って名前を口にした可能性が大きい。十中八九、レイが赴いたところで会談はなされないだろう。
しかしアッサムの懇願を見る限り、カストラーナ帝国の国王はその一縷の望みに縋りたいようだった。それほどまでに情勢がひっ迫しているのか……?
シドが管理している魔族領はカストラーナ帝国と隣接しているため、魔族対人間の激戦区でもある。反旗を翻した勇者に退路を断たれ、その隙をシドに突かれるなんてことはカストラーナ王も避けたいだろうが。
「……スズイロ卿が生きている可能性があるなら……その可能性に賭けるか」
いや、だから死んでるって。
思わず突っ込むが、オレの言葉がレイに届くことはなかった。
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