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最終話

 翌日、キースは会社を休んだ。  一ヶ月という長期出張をこなしたのだから当然のように思うが、本当は出社するつもりでいたのだ。  だが、出発直前でノエルと結ばれ、急遽、一日だけ休暇を取り、丸一日を二人でゆっくりと過ごした。  色々な話もした。  振り返ると、互いのことをあまり知らないまま、ここまで来てしまったから。  キースは自分の出生や父親のこと、学生時代のことなどを話した。  ノエルも故郷のことや、自分のセクシャリティで悩んだハイスクール時代のことなどを明かした。  特にラグズシティに旅行に来て、同性同士のカップルが普通に手を繋いだり、腕を組んで歩いていたことには衝撃を受けた。それが移住を決意する理由になったことも。  考えてみると、ラグズシティとフォルロアという遠い遠い場所で生まれ育った二人が、こうして一緒にいることが奇跡だと感じる。  出会いとは、本当に運命そのものだ。  だが、その出会いから愛を育て、実らせていくには、どちらにも多くの努力や忍耐や覚悟が必要だと痛感させられた。  互いに想い続けていてよかったと、今は強く感じている。            その翌日、出社するキースを見送ったノエルはホテルのライブラリーで一日を過ごした。  シックで落ち着いた雰囲気のライブラリーは蔵書も豊富で、何日いても飽きなさそうだ。  時間を忘れて夢中になっていると、帰ってきたキースが迎えにきた。  部屋に戻ると、キースはノエルに新しい携帯電話を与え、仕事用の13インチのタブレットを差し出した。 「何だ?」 「新しく家を買おうと思ってな」 「…家を、買う?」 「ああ、いつまでもホテル暮らしじゃいられねぇだろ。けど今、俺が住んでるのは事務所の一角だからな。そこにお前を住まわせる訳にはいかねぇ」  キースは画面をタッチして、いくつかの建物をスライドして見せた。 「うちが今、扱ってる物件で良さそうなのをピックアップしてきた。あとはお前が気に入った所を選べばいい」 「俺が選ぶのか?」 「二人で住む家なんだ。お前が気に入らなきゃ意味ねぇだろ」  ――二人で住む家。  改めて口に出されるとくすぐったくて仕方ないが、キースがきちんとこれからのことを考えてくれているのが嬉しい。  早速、タブレットを覗き込んだノエルだったが、最初の一軒で驚愕した。 「ここペントハウスじゃんか!」 「そうだな」 「そうだなって…」  平然と頷くキースに、ノエルは目眩を覚えた。  そうだった、こいつ金持ちなんだった、と思い出す。ノエルの身代金に五億リブラをぽんと差し出すような男だった。 「この辺りは比較的治安がいいし、中心街にもまあまあ近い。ただ築年数が少し古いから、買ったあとでリフォームが必要だろうな」 「へえ…」  レイアウトを見ると、4ベッドルーム+2バスルーム+2ガレージの物件だ。  価格を見たノエルは更に驚愕した。 「一億五千万!?」 「他と比べれば安い方だぞ」 「嘘だろ…」  ノエルが他の物件を見てみると、どれも豪華なコンドミニアムばかりだった。  細かい違いはあるものの、全て4ベッドルームで2ガレージ以上。 「二人なのに四部屋も必要か?」 「別に多くはねぇだろ。一つは書斎にして、もう一つはクローゼットとして使ってもいいしな」  クローゼット、と聞いたノエルにふと疑問が浮かんだ。 「お前、どれくらいスーツ持ってるんだ?」 「どれくらいって、数えたことねぇよ」 「大体でいいから」 「うーん、季節とか気温でも細かく変えるからな。…百五十くらいか?」 「そんなに!?」 「まあ、趣味みたいなもんだからな」  ――だとしても、多すぎだろう。  そんな思いが顔に出ていたようで、キースはどこか寂しそうに笑った。 「スーツにこだわるのは親父の影響だな」 「あ…」 「服装にすごく気を使う人でな。いつも仕立てのいいスーツを着こなしてた。それをガキの頃から見てたから」 「…そうか」 「十二の時、初めて俺にも仕立ててくれて、それは今でも取ってある」 「え、見たい! 写真とかないのか?」 「今はねぇよ。昔のアルバムには着てる写真もあるかもな」 「あとで絶対、見せてくれ」 「わかったよ」  『絶対』の部分を特に強調する真剣な顔のノエルにキースは苦笑いだ。  それから、自分はノエルのアルバムを見ることはできないんだなと思った。  だが、それを寂しいと思うのは傲慢だろう。捨てさせたのは自分なのだから。  だからこそ、これからは幸せにしたい。  タブレットを操作しながら目を白黒させるノエルを見て、キースは一度、それを取り上げた。 「お前は値段を見るな」 「そんなこと言ったって…」 「俺は自分が買える所を選んできたんだ。金のことは気にするな」 「……けど」 「どこも治安が良くて、セキュリティがしっかりしてる物件だ。命は金じゃ買えねぇからな」  そう言われて、ノエルはハッとさせられた。  確かに、自分たちに一番必要なものは安全と安心だ。そう考えると、ここはキースに甘えるべきかもしれない。 「……わかった」  ノエルはなるべく金額を見ず、間取りや収納力、動線などを考えて一つ一つ確認していく。  だが、ここは良さそうだと思うものはいくつかあっても、画面上だけで決めるのは難しい。 「決めきれねぇか?」 「ああ、やっぱり実際に見てみないことにはなぁ」 「じゃあ、週末に内見してみるか」 「できるのか?」 「当然。いくつか絞って見に行こうぜ」 「そうだな」  こうして、二人は週末に出かけることになった。            土曜日、ブランチを取ってから二人は支度をして、ロビーに下りた。 「そういや俺、普段はここでホテル暮らししてるってことになってるから、話を合わせてくれ」 「わかった」  キースの頼みに、ノエルが頷く。  こんな口裏合わせをするのは、今日、案内をしてくれるのがキースの会社の社員だからだ。  ロビーを歩いていくと、スーツ姿の若い女性がキースに気づいて立ち上がった。 「おはようございます、社長!」 「ああ、おはよう」  にこにこと明るい笑顔が印象的な女性だ。 「ノエル、営業課のアリーだ」 「初めまして。ノエル・ファウラーだ」 「初めまして! 今日は宜しくお願いします!」  元気一杯な返事が好ましい。 「じゃあ、行こうか」  エントランスにはキースの車が既に横付けされている。  アリーが助手席に、キースとノエルが後部座席に座って、車は出発した。  二人が内見に選んだのは、二軒のコンドミニアムと一軒のペントハウスだった。  部屋数が多く、住人の出入りが頻繁にあるような高層のレジデンスは最初に除外された。  十階以下で、ワンフロアの部屋数が少ない所を見て回ることになり、アリーが案内してくれることになったのだ。  一軒目は中心街から程近い、大きな公園そばのコンドミニアムだ。十階建ての七階で、4ベッドルーム+3バスルーム+2ガレージ。バルコニーがあり、ちょっとした花壇がついていた。窓が大きすぎないのがいいというのが二人の感想だ。  二軒目はリゾートとして有名なラグズシティ東部のブライトンビーチ近くのコンドミニアム。四階建ての三階、全室がぐるりとバルコニーに囲まれた角部屋だ。4ベッドルーム+3バスルーム+2ガレージ。  スタディルームがあるのと、主寝室に広いウォークスルークローゼットがあるのが魅力だが、天井から床までの大きな窓が多く、開放感はあるが防犯面では若干の不安があるという印象だった。  三軒目は中心街からそう遠くない、小高い丘にあるペントハウスだ。  六階建ての最上階で、何とプライベートの屋上つき。屋上には円形のプールと庭園、石造りのテーブルとベンチがある。  住居部分は4ベッドルーム+4バスルームと、とにかく広い。リビングとダイニングも合わせると三百平米もあり、各部屋に充分な収納がある。  ランドリールームにも作り付けの大きな収納棚があり、リネン類やタオル類をまとめて置けるのがいい。パントリーも広く、ストアルーム(ものおき)まである。  主寝室には広いウォークスルークローゼットがあり、ベッド以外にもソファなどが置けそうなほどのスペースがあった。  ダイニングに天井から床まである大きなワインセラーが設置されているのも、実際に見てみるとかなり立派で感嘆した。これはキースがいたく気に入った。  周囲に他に高い建物がないこと、コンシェルジュのいるロビーの先にペントハウス専用の入口があることも好印象だ。  物件自体は文句なく素晴らしい。  それ故に価格もそれなりになるのは当然で、キースが選んできたものの中で最も高額だ。  屋上に上がると、さわっと涼やかな風が吹き抜けた。  遮るもののない空は、どこまでも広く高い。 「気に入ったか?」  後ろからキースが尋ねた。 「ああ、いい所だな」 「そうか、ならここに決めるぞ」 「いいのか?」 「当然だ。意見が一致したんだ。今さら他は選べないだろう」  キースが表の顔で言う。 「……そうだな」  ノエルが頷くと、キースの後ろについていたアリーがぱちぱちと手を叩いた。 「新居、決まりましたね! おめでとうございます!」 「ははっ、ありがとう」  無邪気な笑顔にノエルも笑みが零れる。 「社長がいよいよ結婚ですか〜。泣いちゃう独身男女がどれだけいることか」 「キースはやっぱりモテるのか?」 「そりゃあもう! どこへ行っても囲まれてますもん」 「…アリー、その辺にしておいてくれ」 「あっ、すみません!」  アリーはてへっと笑った。 「でも、よかったです。社長がようやくホテル住まいから卒業できて」 「何だ、それは」 「皆、心配してたんですよ。社長ってば働き過ぎなのに、ホテル住まいじゃリラックスできないんじゃないかって」 「……そうか」  そんな風に思われていたとは、とキースは驚いた。  会社はトレヴァーに起業を勧められた時、投資の延長で始めたもので、自分の正体を隠すのに丁度いいということもあって続けてきた。  だが、社員たちは表のキースを信頼し、慕ってくれていたようだ。  どこか居心地が悪そうなキースとは対照的に、ノエルが嬉しそうに微笑む。 「アリー、月曜に契約書を用意してくれ。それからリフォーム業者の手配も頼む」 「わかりました!」  こうして、無事に二人の新居が決まった。  ホテルに帰ったノエルがキースに尋ねた。 「なあ、リフォームってどうするんだ?」 「築十年くらいだから、水回りは改修しないと駄目だろ。あとは壁と床の張り替え、諸々の細かい補修。キッチンはコンロとかオーブンの入れ替えが必要かもな」 「…じゃあ、バスタブも取り替えられるか?」 「勿論。あれじゃ小さいもんな」  キースが意味ありげな笑みで見てくるので、ノエルは気恥ずかしそうだ。  だが、情事のあとのルーティンは変えたくない。あの触れ合いに意味があるから。 「ならデカイのがいい」 「いっそのことジェットバスにでもするか?」 「それもいいな」  未来の話をするのは楽しい。  それが、大切な人と一緒のものなら尚更だ。  二人は期待を膨らませて、その日を待った。            内見から一ヶ月後、伝(つて)を使って最優先でリフォーム工事を終わらせてもらい、いよいよ引っ越しが行われることになった。  七月も半ばになると、少し動いただけでも汗がじわりと滲んでくる。  ノエルはピスタチオグリーンのサマーニットの中に白のタンクトップを着てレイヤードし、ネイビーのアンクルパンツ、白のデッキシューズを合わせた。動きやすさ重視だ。  天気は快晴。  絶好の引っ越し日和である。  ノエルは午前中、レンタルスペースに預けていた荷物を業者に依頼して、キースより一足先に運び込んだ。  リビングルームに入り、改めてぐるりと見回す。  ペントハウスは壁と床を張り替えると見事に新築のように変身した。  壁はオフホワイトの細長いテキスタイル調タイルを煉瓦のように組み合わせ、床はベージュの砂岩調タイルを敷き詰めた。以前はモダンだった室内が、ナチュラルで温かみのある雰囲気に様変わりしている。  家具も新しく買った。  キースの取引先から紹介されたインテリアコーディネーターにアドバイスをもらって、リビングとダイニングはナチュラルで明るさを重視したライトブラウンの木製家具と、優しい色合いのイエローのファブリックソファセットを置いた。  そこに緑鮮やかな観葉植物を飾ると一層、明るく健康的な雰囲気になる。  各ベッドルームはもともとあったダークブラウンの建具に合わせて、シックな色合いで纏めた。  主寝室以外のベッドルームは一つは書斎になった。ノエルの荷物の大部分は本だ。それを収めたダンボール箱を持ったノエルは顔を顰めた。 「…重た…」  取り敢えず、書籍を入れた全てのダンボール箱を書斎に積み上げて、取り出して並べるのは後回しにした。それを始めると時間を忘れてしまうから。がらんとした真新しい書棚に、本を並べていくのが今から楽しみだ。  もう一つは主寝室のクローゼットに収まらないキースの衣類を収納し、兼用でシアタールームになった。  80インチの壁掛けスクリーンに、メインスピーカーと部屋の四隅に設置したスピーカーで、映画館のように本格的でダイナミックな音と映像が楽しめる。二人の時間をより充実したものにしたいというキースの希望だった。  ノエルの荷物は衣類と本、クロスバイク、身の回りの細々としたもの以外は調理器具や食器類だけだ。キースと暮らすことを前提として、大方のものは処分してあったからだ。  ノエルはキッチンに作り付けてある食器棚や収納スペースにそれらを収めると、近くのスーパーマーケットへ向かった。  二人分とはとても思えない量の材料をカートにぽんぽんと放り込んでいく。買うものは事前に決めてあった。  ずっしりと重い買い物袋を抱えてペントハウスに戻ったノエルは食材を冷蔵庫にしまい、調理器具を用意して調理に取りかかった。  最初に取り出したのは大きな牛肉のブロックだ。数は五つ。  それに塩、胡椒で下味をつけて、フライパンで表面を焼き、冷蔵庫に入れる。  それからライ麦パンを薄くスライスする。それにサワークリームを塗り、スモークサーモンを食べやすく折り畳んでのせ、塩と黒胡椒を振った。  次に生ハムのスライスにクリームチーズをのせ、黒胡椒を振って、ブラックオリーブと共にスティックに刺す。  二種類のピンチョスを長方形の皿に交互に盛り付け、冷蔵庫へ入れた。  それが終わるとノエルはトマトとモッツァレラチーズを取り出した。それらを薄く切って、大きな円形プレートの上にバジルを挟んで並べていく。仕上げのオリーブオイルは食べる直前にかけることにして、冷蔵庫へしまう。  ノエルがこうして料理しているのは、実は今日がただの引っ越しではないからだ。  そもそも家具や電化製品はほとんど新品で搬入、設置済み。リネン類やタオル類なども買い直した。カーテンやカーペットなどのファブリック類もセッティングしたし、ペアの食器やカップなども購入して、既に収納してある。全てを前もって少しずつ用意してきたので、今日やるべきことは少ないのだ。  ノエルにとって最も重要なのは、キースの引っ越しを手伝いにファミリーの幹部たちがやって来ることだった。  キースからはノエルをファミリーの仕事には関わらせないとはっきり言われたが、彼らの顔と名前くらいは知っておきたいし、逆に自分のことも知ってほしい。  できれば、いい印象を持ってほしいというのは当然の気持ちだろう。  それで今日、軽いホームパーティーのようなことをしようと思い立ったのだ。  料理はその時に振る舞うもので、キースにも予め伝えてある。料理が出来上がる頃を見計らって来てくれることになっていた。  デザートはキースが買ってきてくれるというので、ノエルはオーブン焼きに取りかかった。  メインの材料は海老とアボカド。海老は殻をむいて背ワタを取り、アボカドは皮と種を除いて六等分に。ソーセージは半分に、マッシュルームは四つ切り、トマトは一口大に切る。じゃがいもは皮をむいて四等分して固めに茹でておく。  あとはバジルペーストを使ったソースを作り、オーブンシートを敷いた天板に材料を並べてソースをかけ、予熱したオーブンで焼くだけだ。  その間に冷ましておいた牛肉でカルパッチョを仕上げた。牛肉をできるだけ薄く切ってガラス皿に盛り付け、塩と粗挽き黒胡椒を振り、レモン汁とオリーブオイルを回しかける。最後にルッコラを散らして完成だ。  今日は二十人ほど来るらしい。引っ越しの手伝いにそんなに人手が必要かと疑問に思ったが、単にキースの新居――もしくはパートナーの自分――が気になっているだけかもしれないと思い直した。  とにかく、いくら料理できるようになったとはいえ、そんな大人数分を作るのは初めてだ。  キースが手伝おうかと申し出てくれたが、人生でほぼ一度も料理をしたことがないという話を聞いて、丁重にお断りしていた。  入念なイメージトレーニングはしてきたものの、不安は拭えなかった。だが、やってみれば何とかなるものだと、全ての工程を終えたノエルは安堵した。  時間はもうすぐ三時半。  後片付けを終えてソファで一息ついていると、突然エントランスがざわざわし始めた。  キースたちが到着したのだ。  エントランスに行くと、キースが大きなダンボール箱を抱えていた。  いつもスーツのキースもさすがに今日はラフな格好だ。シンプルな白のロゴ入りTシャツに黒のダメージジーンズ、黒のスニーカー。それが抜群に似合っていて見惚れてしまう。  ノエルは何と声をかけるか迷ったが、今日からここが二人の家なのだから、と思い切って「おかえり」と言った。  キースが微笑んで「ただいま」と答える。  キースが持っていたのはスーツをそのまま運べるハンガー付きの特大ダンボール箱だった。  それが次々とエントランスに置かれていく。その数、十個以上。取り敢えずは主寝室ではなくシアタールームに運び込むことになった。  パソコン類や文房具、主に経営や経済に関するキースの蔵書は書斎に入れる。 「ドクター」  荷物が運ばれていくのを見ていると、ノエルに声をかける者がいた。  振り返ると、そこにモニークが立っていた。 「よお、久しぶりだな!」 「お久しぶりです。お元気でした?」 「ああ、この通りだ。そっちはどうだ? エマはどうしてる?」 「エマなら、もうかなり良くなりましたよ。ほら」  モニークがそう言うと、後ろから人影が現れた。そこにいたのは誰あろうエマだった。 「エマ!」 「お久しぶりです、ドクター」  にこっと微笑む。 「退院したのか!?」 「はい、一時退院ですけど」 「そうか! 良かったな!」  元気そうなエマの顔を見て、ノエルは感無量だ。ERを辞める前は何度か会いに行っていたが、辞めたあとのことは知らなかった。  キースから回復しているとは聞いていたが、今日、来てくれるとは思っていなかったから。 「よく来てくれたな」 「はい、私も来れて嬉しいです」  弾んだ声がノエルの気持ちも弾ませる。  ただ、暑くなってきたこの時期でも長袖のカットソーと、ゆったりしたワイドパンツ姿なのを見ると、火傷の影響が残っているのを感じる。一時退院ということは植皮手術はまだ全て終わっていないのだろうし、完治にはもう少し時間がかかりそうだ。 「二人とも、今日は遠慮なくゆっくりしていってくれ」 「ありがとうございます」  三人の間に和やかな空気が漂う。  そこで、ノエルはふっとモニークの手にあるものが気になった。 「ああ、そうそう。これ、どうぞ」  モニークが手に持っていた大きな紙袋を差し出した。中には大きめの白い箱が二つ入っている。そこから何とも香ばしい匂いがした。 「これ、パイか?」 「はい、チェリーパイです。今日は国際チェリーデーらしくて」 「そうなのか。キースに頼まれたのか?」 「ええ、そうなんです」  モニークが頷くと、エマが更に白いビニール袋を差し出した。 「これもどうぞ」  受け取ると、こちらは少しひんやりしている。 「チェリーのアイスクリームです。一緒に食べると美味しいと思って」 「ありがとう、二人とも。助かるよ」  ノエルは礼を言って、二人をリビングに案内した。  アイスクリームを冷凍庫にしまいながら、二人にソファに座るよう勧めたが、彼女たちの興味はキッチンにあるようだ。  アイランド型キッチンの調理台はスツールを置けばカウンターになる。二人はそこへ座って、キッチンのことをあれこれとノエルに聞いてきた。  キッチンはもともとは黒の大理石製だったが、リフォームに合わせて、上から白い大理石調のタイルを張っている。何とも勿体ないが、統一感を出すためにそうしたとか、コンロや換気扇を取り替えたとか。  そうやって話していると、キースたちがリビングにやってきた。  キースの衣装類やノエルの本は一日で整理できるものではない。今日は運び込むだけで、明日から少しずつ進めていけばいいということで、間もなく、ささやかなホームパーティーが始まった。  ノエルが用意しておいた料理をダイニングテーブルに並べる。  キースは人数分のフルートグラスを準備し、ワインセラーから今日のために買っておいた少し上等なシャンパンを三本出した。  シャンパンをグラスに注ぎ、一人一人に手渡す。  マフィアの幹部というから、ノエルはどんな人たちだろうと密かに身構えていたが、ぱっと見はそれほど厳つくない。さすがに体格のいい男性が多いが、女性も複数いる。  服装も若者らしくカジュアルで、言われなければマフィアの一員だとはわからないだろう。  シャンパンが全員に行き渡ると、キースがグラスを掲げた。 「皆、今日はありがとな。じゃ、乾杯」 「乾杯!」  幹部たちが口々に言って、グラスに口をつける。しゅわっとした泡と、冷たくフルーティーな味わいが暑さで少し火照った体に心地いい。  そのあと、キースはノエルに幹部たちを一人ずつ紹介した。 「こいつはヒューゴ、こっちはワイアット。二人ともクロードの次に付き合いが長いんだ」 「どうも」 「宜しく」  銀髪と黒髪の男が穏やかそうに笑う。 「こちらこそ宜しく」  二人が手を差し出してくれたので、がっちりと握手を交わした。  幹部たちは概(おおむ)ねノエルに好意的だった。  キースとエマの命の恩人ということもあり、感謝の言葉もかけられてノエルは一安心だ。  ノエルの手料理も好評で、リラックスしたムードで時間が過ぎていく。  それから一時間ほど経った頃だ。  インターホンが鳴った。  キースがそれに応じると、上がって来たのはクロードだった。  何か仕事でもあったのか、ワイシャツにスラックス、革靴という出で立ちだ。 「遅くなってすまない」 「いや、こっちこそ悪かったな」  クロードはキースに声をかけたあと、ノエルに歩み寄った。 「今日は引っ越しおめでとう」 「…ありがとう」  相変わらず長い前髪で目は見えないが、口元には優しげな笑みが浮かんでいる。  もう一度、二人を引き合わせてくれたのはクロードだ。かつては辛い別れも告げられたが、今は感謝しかない。  キースがクロードにシャンパンを渡し、改めて三人で乾杯した。  それから他愛ない話をしていると、モニークが近づいてきた。 「ドクター、そろそろデザートを頂きませんか?」 「え、もうか?」 「はい、あまり長居しても申し訳ないですし、このあと仕事がある者もいるので」 「そうか、わかった」 「せっかくですから、温め直すのはどうですか?」 「そうだな。ならオーブンを予熱しないと」  ノエルはモニークとキッチンへ入り、オーブンの設定を決める。 「何度くらいがいいかな?」 「百五十度くらいですね。それで十五分くらい温めておくといいと思います」 「わかった」  アドバイス通りにしていると、モニークはパイの箱を袋から取り出した。 「天板はまだあります?」 「ああ、もう一つある」 「じゃあ、オーブンシートを敷いて、アルミホイルを被せておきましょう」 「ああ、なるほど」  アルミホイルを被せておけば、表面だけが焦げて中は冷たい、という状況を回避できる。  ノエルとモニークが作業していると、キースが幹部たちと共にリビングを出ていってしまった。 「あいつら、どこ行くんだ?」 「屋上じゃないですか? 皆、興味津々だったので」 「そうか」  パイの用意ができると、モニークもノエルを屋上に誘った。 「私たちも行きましょうよ。どうせ十五分は暇ですから」 「そうだな」  ノエルは特に何の疑問も持たずに了承した。  エントランスから屋上に続く階段を上る。  ノエルはそこで信じられないものを目にした。            屋上の出口の両端には高さ一メートルを越えるフラワースタンドが立っていた。白い薔薇をふんだんに使ったアレンジメントが飾られている。  庭園の一番奥にはアーチ型のスタンドが立てられ、白いレースのカーテンが掛けられていた。それが白い薔薇とアイビーを使ったアレンジメントでデコレーションされている。  青空と白のコントラストが感動的なまでに美しい。  アーチの前には小さな祭壇が置かれ、人が二人、立っていた。確かダフネという女性とボビーという男性の幹部だ。  祭壇の前にキースが立っていた。  幹部たちは通路の両側に整然と並び、その足元には小ぶりなフラワーアレンジメントと、持ち手のついた小さなラタンの籠が置かれている。籠には赤やピンクの花びらがこんもりと盛られていた。  ノエルは信じられないという風に口を抑えた。  キースからプロポーズされたあと、入籍などの具体的な話はなかった。  国際結婚の手続きは煩雑だし、もしフォルロアにそれを申請すればノエルの行動が家族に知られてしまう。  多国籍の人間が集まるラグズシティでは面倒を避けるために事実婚を選ぶカップルも多く、そのための制度も整っている。  だから、自分たちもそうなるのだろうと思っていた。 「さあ、ドクター」  モニークに促され、ノエルは通路を進み、キースの横に並んだ。 「驚かせて悪かったな。ちょっとサプライズしてみたくなってよ」 「……心臓に悪いよ」  ノエルはそう言ったが、胸の中には熱いものが込み上げていた。  まさか、こんな準備をしてくれていたとは気づかなかった。嬉しくて胸が詰まる。  キースとノエルが並ぶと、祭壇の前にいる二人が口を開いた。 「それでは、これよりキース・キャプテン・マクレガーさんとノエル・ファウラーさんの結婚式を執り行います」 「皆様には、立会人として見守っていただきますよう宜しくお願い致します」  開式が宣言されると、口笛と歓声と拍手が響いた。 「では、結婚の誓いを行っていただきます」  しんと周りが静かになる。 「汝、キース・キャプテン・マクレガーはノエル・ファウラーを生涯の伴侶とし、病める時も健やかなる時もこれを愛し、敬い、喜びも悲しみも分かち合い、助け合って、死が二人を分かつまで真心を尽くすことを誓いますか?」 「…誓います」  問いかけられたキースがノエルに視線を向けながら、力強く頷いた。 「汝、ノエル・ファウラーはキース・キャプテン・マクレガーを生涯の伴侶とし、病める時も健やかなる時もこれを愛し、敬い、喜びも悲しみも分かち合い、助け合って、死が二人を分かつまで真心を尽くすことを誓いますか?」  ノエルもキースを見つめ、万感の想いを込めた。 「……はい、誓います」  互いの瞳に愛しさが溢れる。 「それでは誓いの証しとして、指輪の交換を行っていただきます」  そこで、すっとクロードが二人に近寄った。  ポケットから取り出したのは、藍色のベルベット製のリングケースだった。  蓋を開けると大きさの違う二つのリングが収まっていた。煌めく白銀色はプラチナだ。蓋の裏側には有名なジュエリーブランドのロゴが入っている。  クロードが遅れて来たのは、今日、出来上がる予定のこの指輪をキースの代わりに受け取りに行っていたからだった。 「では、マクレガーさんからお願いします」  促されて、キースは小さな方のリングを取り上げた。  ノエルの左手を取って、その節の少ない綺麗な薬指にそっと嵌(は)める。  いつの間にサイズを測ったのか、ぴったりと指に馴染む。  わずか十グラムにも満たない指輪がずしりと重く感じた。それはきっと二人の想いを乗せた重さだ。 「続いてファウラーさん、お願いします」  ノエルもリングを手に取り、キースの左手を持ち上げた。  自分とは違う、節のあるごつごつとした男らしい手だ。その薬指に慎重にリングを嵌める。緊張で少しだけ手が震えた。 「それでは、お二人には永久(とわ)なる愛を込めて、誓いのキスを交わしていただきます」  クロードがすっと元の位置に戻り、キースとノエルは向かい合った。  改まった雰囲気に気恥ずかしさを感じるのは二人とも同じだ。  だが、それ以上の喜びがある。  ノエルが少しだけ背伸びして、キースが少しだけ身を屈めて、そっと唇を触れ合わせた。  ギャラリーから二人を囃(はや)し立てる声と拍手が沸き起こる。 「続きまして、結婚証明書に署名をしていただきます」  キースはノエルの手を引いた。  通路の中ほどに立っていた幹部たちが移動する。その奥に石造りのテーブルとベンチがあるのだ。  テーブルの上には証明書とキース愛用の万年筆が用意してあった。  キースとノエルはベンチに腰を下ろした。 「まずはマクレガーさんからお願いします」  キースが署名欄にさらさらと流麗に名前を綴る。 「続いてファウラーさん、お願いします」  ノエルは間違えないようにと慎重に、几帳面な文字を綴った。 「それでは、立会人を代表して証人の署名をしてくださる方をお呼びします。クロード・マクレガーさん、エマ・ブロアさん、お願いします」  呼ばれた二人がコの字型のベンチの一角に座った。  クロードが先にキース側の証人の署名欄にサインする。  ノエルの証人になってくれるのはエマだった。 「私なんかが僭越(せんえつ)ですが…」 「そんなことない。嬉しいよ」  ノエルの言葉に微笑んで、エマもサインを書き入れる。  署名が終わった証明書を持って、ダフネとボビーが祭壇へ戻った。  キースとノエルもそれに続く。  二人はギャラリーの方を向くように促された。 「お二人は皆様の前で永遠の愛をお誓いになられました。お二人の結婚に賛同してくださる方は盛大な拍手をお願いします」  ダフネが言うや否や、大きな拍手が打ち鳴らされた。 「ありがとうございます。皆様のご承認により、お二人の結婚が成立いたしました。ご結婚、本当におめでとうございます。皆様、改めて盛大な拍手をお願いします」  再び拍手と歓声が湧き、それが晴れ晴れとした雲ひとつない青空に吸い込まれていく。  キースは腰に手を当て、ノエルに向かって肘を突き出した。  意図に気づいたノエルがそこに腕を絡める。  腕を組んで通路を歩き出すと、幹部たちが置いてあった籠から花びらを手に取って、それを二人に向けて一斉に振りまいた。  抜けるような青空を背に、赤やピンクの花びらが宙を舞う。  ふわりと甘い薔薇の香りが漂った。  フラワーシャワーには花の香りで周囲を清め、災難から二人を守り、幸せを願うという意味が込められている。  キースとノエルは自然と顔を見合わせた。  どちらも、これ以上ないくらいの幸せな笑顔を浮かべている。  出会った頃は、こんな日が来るとは想像もしていなかった。  一度は辛い別れも経験し、互いに離れることも考えた。  それでも互いへの想いを持ち続けたからこそ、今この瞬間がある。  ノエルの心は歓喜に打ち震え、頭上に広がる青空のようにどこまでも澄み渡っていた。            リビングに戻ると、丁度よくオーブンの予熱が終わっていて、モニークがパイを入れて焼き始めた。  パイ生地でしっかりと蓋をした、重みのありそうなパイだ。  それから、エマがどこから出したのか、可愛らしい花の模様をしたケーキクーラーを調理台に置く。  キースが食器棚からケーキ皿とフォークを取り出した。 「ケーキじゃなくて申し訳ないんですが、これでファーストバイトしましょう」  モニークが言う。 「今日が国際チェリーデーだってお話しましたよね。実はチェリーの花には素敵な花言葉があるんですよ」  エマがモニークの言葉を引き継ぎ、それから意味ありげにキースを見た。  キースがノエルの両手を握り、真っ直ぐに見つめる。 「《あなたに真実の心を捧げる》」 「!」 「これからも、ずっと俺の側にいてくれ」  キースの真摯な言葉に、ノエルは泣きたいような気持ちで微笑んだ。 「…喜んで…!」  二人は人目も憚らず、抱きしめ合ってキスをした。  しばらくすると、チンと音が鳴ってパイの温めが終わった。  モニークがパイを取り出し、ケーキクーラーに載せ、入れ替わりでもう一つのパイを入れ、タイマーをセットする。  ノエルはブレッドナイフを取り出した。 「パイを切るには力任せじゃ駄目なんだ。ナイフを小刻みに前後に動かしていくこと。いいか?」 「わかった」  キースは頷いたが、ろくに料理をしたことがない男だ。不安な気持ちでいると、エマが助け舟を出してくれた。 「一切れだけ切るのは難しいと思うので、思い切って半分に切りましょうか」 「ああ、それがいいな」  ブレッドナイフをキースとノエルの二人で持つ。  こんなシーンはテレビか、招待された結婚式でしか見たことはなかった。キースと出会ってからは、自分には縁遠い世界だと思っていたのに。  ノエルはパイが動かないように手を添えた。  それから、ゆっくりと二人でナイフを入れる。  キースがノエルに言われた通りに、ナイフを前後に小刻みに動かす。ノエルもそれに合わせると、パイが端から綺麗に切れていった。  断面から濃い赤色のチェリーとソースが覗いている。  パイが半分に切り分けられると、わっと拍手が沸き起こった。 「じゃあ、あとは俺が」  ノエルは半分のパイから、更に一切れ、切り分けた。  それをケーキ皿にのせる。 「せっかくですから、アイスクリームものせません?」 「そうだな」  モニークの提案で、ノエルは冷凍庫から貰ったチェリーのアイスクリームを取り出した。カップの蓋を開け、スプーンで一掬いし、パイにのせる。  温まったパイの上で、アイスクリームがとろりと溶け出した。 「わ、美味しそう!」  エマが歓声を上げる。  キースがフォークでパイを一口分だけ切り取って刺した。  ノエルも同じようにする。  打ち合わせなど何もなかったが、二人で同時にフォークを互いの口元に運んだ。  ぱくっ、とそれを口に入れる。  サクサクとしたパイの食感に、レッドチェリーの甘酸っぱさと、アイスクリームの濃厚な甘さが溶け合い、絶妙なハーモニーを奏でる。温かいパイと冷たいアイスクリームの温度差も不思議な心地よさがあった。 「ん、美味い」 「美味いな」  二人でにこっと笑い合うと、また拍手が打ち鳴らされた。   ――何て幸せな瞬間だろう。  ノエルの胸は温かく、優しい幸福感で満たされた。  隣にはキースがいて、自分たちを祝福し見守ってくれる人たちがいて、これからもずっと二人でいられる。  キースが生きるのは血に塗れた恐ろしい世界だ。勿論、そう簡単に幸せが続くなんて、そんな安易なことは考えていない。  それでも、二人でならきっと乗り越えていけるはずだ。  ノエルはまだ見ぬ未来に思いを馳せた。            残りのパイを皆で分け合い、しばらく歓談したあと、パーティーはお開きになった。  幹部たちは律儀に屋上の掃除をし、祭壇やフラワースタンド等を片付けて帰っていった。  キースとノエルは少しだけ荷物を整理して、遅めの夕食を取り、ソファでゆったりと寛いでいた。  時刻は十時過ぎ。  少しだけ開けたカーテンから、ラグズシティのきらきらとした夜の街並みが見えている。  ノエルはキースに寄りかかり、その左手を弄んでいた。  揃いのリングを見るだけで幸せで一杯になって、ふわふわと地面に足がついていないような気分だ。 「よっぽど気に入ったみてぇだな」 「そりゃそうだろ。ウェディングリングだぞ」  キースを好きになってから、自分がこれをつけることなど想像していなかった。  まさか、それをキースから贈られるとは。  未だに夢でも見ているのかと思う。 「ちょっと外してみろよ」 「え」 「裏側、気になんねぇ?」  キースの瞳が悪戯っぽく輝く。  ノエルはハッとして、すぐにリングを外し、その裏側を覗き込んだ。  そこにはキラリと光る一粒のダイヤモンドと、しっかりとした刻印が入っていた。 『N&K And Love Was You』  ノエルはそのメッセージに首を傾げた。  まるで文章の途中から書かれているようだったからだ。  すると、キースもリングを外して、その裏側をノエルに見せた。 『K&N I've Found Love』  キースのリングには別のメッセージが入っている。  あ、とノエルは気づいた。  このメッセージは二つで一つなのだ。   『I've Found Love  And Love Was You』 (私は愛を見つけた   愛は貴方だった)    ぶわっとノエルの瞳に涙が込み上げた。  結婚式からずっと浮き立つばかりで、どこか現実感を伴っていなかった気持ちに、急に重みが生まれた。  キースが一体、どれほどの想いを込めてくれていたか。  切ないくらいに胸が苦しい。  自分勝手に向けた愛だったのに、キースはそれを受け止めてくれた。  自分に愛する苦しさがあったように、キースには愛される苦しさがあっただろう。  もう誰も愛さないと決めていたキースが、それを越えて自分を選んでくれた。それがどれほど重いことか。  そう思うと、溢れる涙が止まらない。 「バカ、んなに泣くな」 「…だって」 「お前が俺の運命だ。二度と離さねぇからな」 「…頼まれたって離れてやらない」  ノエルはキースにきつく抱きついた。  キースが優しくノエルの頭を撫でる。 「ほら、もっかい交換しようぜ」 「ん…」  結婚式では言われるまま行ったが、意味を知った今こそ、本当に心を込められる。  二人は持っていたリングを取り替えた。  キースからノエルへ、ノエルからキースへ。  その左手の薬指にリングを嵌める。  胸の奥から止めどなく愛が溢れ、頭の天辺から爪の先まで、隙間なく満たしていった。  見つめ合うと、鼓動が高鳴る。  どちらからともなく顔を寄せると、二人は長い長い口づけを交わした。           Happily ever after!

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