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第6話 愛しい人を探して
「今回もだめか……」
ラングレンは、顔を手で覆うとため息をついた。
頼まれた内容を届けにきた青年が、所在無げに立ち尽くしている。それに気づいたラングレンは、詫びの言葉と報酬を手渡して青年を解放した。
ラングレンが目を覚ましてから、早1ヶ月が経とうとしていた。
原因不明の高熱で意識が朦朧として、家の玄関で倒れてからずっと寝たきりの状態でいたことはおぼろに覚えている。
次第に物も食べられなくなり、自分はこのまま死ぬのだろうかと霞む頭で思っていたのが最後の記憶だ。
時折額や頬に触れてくれるアルーシャの指がひんやりと心地よかった。
もう自分が倒れて何日が経過したかもはやわからなくなった頃の明け方、ラングレンは突然ぱちっと目を覚ました。
薄闇の中上体を起こす。
今まで自分を覆い尽くしていた熱や痛みなどは全て嘘のように消え失せており、まるで霧の晴れたような、すっきりとした目覚めだった。
だが、それ自体は喜ぶべきことであるはずなのに、ラングレンはなぜかひどく違和感を抱えていた。
アルーシャの姿が、見えない。
いや、アルーシャがただいないだけなら、別にそれほど不安がることもないはずだった。
アルーシャとて、つききりでラングレンの看病だけしていられるわけではない。たまたまラングレンが目を覚ましたタイミングで家を空けているだけ、ということだって十分考えられた。
だが、ラングレンは直感とでもいうべきもので、空気に漂う異変を感じ取っていた。
そして、ラングレンは程なくして、その異変の原因をダイニングテーブルの上に発見した。
「……」
読み終わってしばらく、ラングレンは呆然としていた。
信じられない、というのが最初に湧いた感想だった。
だがどう見てもそれはアルーシャの筆跡であり、今一番顔を見たい最愛の人の手によるものに間違いはなかった。
次に思い浮かんだのは、たちの悪い冗談ではないかという、願望まじりの思いつきだった。
だが、冷淡でとっつきにくい印象を持たれがちな恋人の、本当は優しくて不器用で真面目な素顔を知っているラングレンには、アルーシャがこの後に及んでこのような悪ふざけをするとも思えない。
結局、この手紙を書いたのはアルーシャ本人に違いなく、ふざけているわけでもなく真剣に書かれた物であろうことを、認めるほかなかった。
ただし、ラングレンは、書かれているその内容をすんなり飲み込んだわけでもなかった。
——アルーシャが、俺を置いておめおめと命を差し出すような真似をするはずがない。
アルーシャは絶対生きている、とラングレンは固く信じていた。
そうであってほしいという願望が混ざっていることを、否定はできない。
だが、それを差し引いても、置き手紙の内容には、どこがどうとうまく言葉にできないが、アルーシャらしくないという違和感、引っ掛かりをラングレンは覚えていた。
頭脳明晰、いつだって冷静沈着である年上の恋人と比べて、自分はどうしたって頭は切れないし、すぐに感情的になってしまうことをラングレンは常日頃から自覚はしていた。
——そこがあなたのいいところでしょう、ってアルーシャは言ってくれていたけど。
そのセリフを口にするときの、ちょっとくすぐったいような照れたようなアルーシャの表情を思い出す。
髪と同じ金色に輝く明るい瞳が瞬く様は、何時間でも見つめていられた。
もう一度、その目が自分を捉えるのを見たい。自分に笑いかけてくれるその顔に、その肌に触れたい。
気が狂いそうになるのを堪えながら、ラングレンは自分で大してよくないと思っている頭で、それでも懸命に、その違和感の正体を考えた。
もし、この置き手紙の内容に嘘が含まれているならば、どれが嘘なんだろうか。
ラングレンはまずそこを考えることから始めた。
呪術師によって自分は呪いをかけられ、それを解く代償にアルーシャが命を差し出したと、手紙には書いてあった。
もし、呪術師が噛んでいるのが本当なのであれば、下手に騒がない方がいいだろう。
考えた末、ラングレンは、アルーシャをよく知る得意先に、アルーシャが姿を消してしまった、ただし書き置きがあって、どうか大ごとにしないでほしいと書かれていた、と伝えた。そして、薬の仕入れ先を新たに開拓しなければならないことを詫びつつ、そのついでで構わないので、アルーシャらしき人物を見かけたらそっと教えてほしいと頼んで回った。
ラングレンが頼んで回ったことは、それなりに成果をあげた。
金髪で長身、整った顔に眼鏡、という条件に当てはまる人物を見かけたという報告は定期的にラングレンの元へ入ってきた。
その度に、ラングレンは期待と不安とで張り裂けそうになる心を抑えながら、詳しい調査を依頼し、持ち帰られた結果にうなだれた。
そうして、毎日今日こそはと期待をし、1ヶ月がたった。
呪術師のことも、多少は調べた。
だが、魔術師でさえ実際に会ったことのないラングレンが首を突っ込むには、あまりに途方もなく危険な世界であった。
ほうぼうでそれとなく聞いて回ったが、酒場で本当か嘘かわからないような怪談めいた噂話を仕入れることができたのが、関の山だった。
一番確からしい話として聞かされたのは、ちょうど自分が倒れていた間に、首都で呪術使用の疑いがかけられていた魔術師が殺されたらしいという噂だった。
だが、残された痕跡から、魔術師を襲ったのは人間ではなく、大型の獣のような生き物と見られるという。
結局、アルーシャが関係していそうな話は何ひとつ得られなかった。
進展がないまま、1日、また1日が過ぎ、アルーシャを探すことだけに時間を費やすのも限界に近づいていた。
もともと、2人で生活していた頃はアルーシャの調合する薬の販売が主たる収入源であり、それ以外にも細々とした請負の仕事を持っていたとは言っても、それでラングレンが得られる金額はたかが知れている。
自分1人で生計を立てていくには、本腰を入れて安定した収入を得られる仕事を探さなければならなかった。
——できるだけ、いろんな街に行ける仕事を探そう。
アルーシャを絶対に見つけ出す。その思いだけで、今のラングレンは毎日を生きていた。
アルーシャに似ている人物を見た、という報告は継続して受けられるよう、家は引き払わずにそのままにして張り紙をし、ラングレンは行商人のところへ見習いに入った。
方々の街へ小間物を売り歩く傍ら、ラングレンの目と耳は、ひたすらたった1人の人を探して、わずかな気配でも逃すまいと休むことなく働き続けた。
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