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第19話 友人

 タイガの心拍数が上がる。自分は部屋を間違ったのか?いや、確かに鍵を使って入った。しかも女は「カツラ」と言っていたではないか!完全にパニックになったタイガは、その場から立ち去ることもできないまま固まっていた。 「誰?」  リビングのドアを開け、女がこちらに向かって歩いてくる。長身のダークブラウンのショートカット。深みのあるブルーの瞳が彼女の知的さを感じさせた。女はタイガを見てもさほど驚いてはいない。ただ、片眉をあげタイガを値踏みするように見ていた。まさかカツラの姉か妹なのだろうか?タイガは第一声を慎重に選びながら質問した。 「あの…、カツラのご兄弟ですか?」 「私、カツラに似てる?」 女はタイガと違い余裕があるようでクスクスと笑いながら答えた。兄弟でないのならいったい何者なのか。タイガの頭の中は真っ白になった。 「あなた誰?」 「俺はカツラから家で待つように言われて。」 「もしかして、あなたが新しい人?」 女はマジマジとタイガを見つめた。 「え?」 「やっぱりね、あの面食いめ…。カツラから聞いてるわ。私のことは気にしないで。カツラとはただの友人だから。」 「はぁ…。」 「そんなところにつっ立てないで、中に入ったら?」 タイガはツバキと名乗る女に促されるまま部屋に入った。  カツラの部屋は意外と物がすくなかった。きちんと整理整頓されている。タイガはゆっくりとカツラの部屋を観察したかったが、意識はツバキに釘づけだった。ツバキはカツラの友人と言ったが、普通ただの友人が本人不在の部屋に居座るだろうか?タイガはこの部屋の主のようなツバキの振る舞いに、不快な気持ちになっていた。  雑誌をソファーの端で読んでいるツバキ。その反対側に腰を下ろし沈黙を守っているタイガ。二人の間に重苦しい空気が流れた。ようやく深夜一時をすぎた頃、玄関のドアが開いた。 「タイガ?いる?」  カツラが帰宅した。タイガは立ち上がりカツラのもとへ行こうとした。しかし、タイガより一歩早くツバキが迎えでた。 「おかえり、カツラ。」 「ツバキ!なんでいんの?」 「ちょっと頼みごとがあって。」  どうやら招かれざる客はタイガではなく、ツバキだったようだ。カツラがツバキの後ろで、二人のやり取りを見守るタイガに気づいた。 「タイガ!!」 タイガは微妙な笑顔をカツラに向けた。 「ツバキ、今日は帰って?タイミング、悪過ぎ。」 「もう終電無理よ。始発までいさせて。」 カツラが困った顔でタイガを見る。女性を一人、こんな時間に外に放り出すことなどできない。タイガは自分は構わないと答えた。 「ありがとう。タイガ?」 ツバキはそう言ってタイガに勝ち誇ったような笑顔を向けた。タイガは女性が苦手だ。このツバキと名乗る女性も、例外ではない。カツラの友人であってもとても仲良くできそうな気がしなかった。 「タイガ、ごめん。ちょっと話せる?」 カツラがタイガに隣りの部屋にくるよう促した。 「まさかツバキがいるとは思わなかった。電話で今は時間がないから無理だって言ったんだ。それでもどうしても!ってことで来たんだと思うけど…。」 「切羽詰まっていることなのか?」 「さぁ…?そこまで聞いていない。」 「鍵…。彼女、鍵持ってるの?」 「俺、前に鍵を失くしたことがあって。締め出しくらったんだ。それでスペアキーをツバキに渡したんだ。」 「そう...なんだ。」 「タイガ。あいつとは、なにもないから。俺とツバキはただの友人だ。」 「うん、大丈夫。少し驚いたけど。」  実際、タイガの胸中は穏やかではなかった。カツラは女性と交際したこともある。しかし、そんなことを疑っていてはきりがない。今はカツラの言葉を信じるしかなかった。  ツバキは女性だが、カツラは休むのならソファーで休んでくれと言った。態度にこそ出さなかったが、こちらの都合を考えず、いきなり家に入り浸っていたことに頭にきているようだ。しかしカツラはタイガには自分の ベッドを使うように言ってきた。疲れて帰宅した恋人をおしのけて、そんなことをタイガができるわけもなく、タイガは床に横になった。一緒にベッドで休みたかったがそうすることがとてもできない状況だった。全てツバキの存在が原因だった。  今夜はなんのためにここに来たのだろうとやるせない気持ちで眠ろうとする。寝返りを打ち、体をカツラの方に向ける。カツラもタイガの方に体を向けていたが、もう眠りについたようだ。彼の穏やかな寝息を聞いていると心が落ち着いた。 今、すぐ横に愛する人がいる。なにもできないもどかしさはあったが、同じ空間にいる、ようやくここまで辿りつくことができたのだと恋人の実感が湧いてきた。今夜はいろいろあったが…。タイガもいつのまにか眠りに落ちていた。    ドアが開きそっと締まる音にタイガは目を覚ます。どうやらツバキが帰ったようだ。昨夜のカツラの素っ気無い態度にさすがに彼女も気をきかせたのだろうか。ようやく二人きりになれたとタイガは思ったが、時刻を確認すると、タイガも帰宅し出社の準備をしなければいけない時間だった。  カツラはまだ眠っている。起こさないようそっと起き上がり、カツラの顔を覗いた。 美しい横顔からは規則正しいリズムが繰り返されていた。長いまつ毛が伏せられ、余計にその長さを強調している。いつまでも見ていたかったが、あまりゆっくりもしていられない。 タイガは身支度を整えて、玄関のドアに手をかけた。 「タイガ。」 声に驚き振り返る。カツラが立っていた。 「もう行くのか?」 「ごめん、起こしてしまった?一旦帰宅して出社しないと。」 「そっか…、悪かったな。気まずい思いさせて。」 「いや。カツラのことが知れてよかった。じゃ、また。連絡するよ。ゆっくり休んで。」  タイガがドアを開け、まさに外に出ようとした瞬間。タイガは強い力で振り向かされた。気づくと、カツラの唇がタイガの唇に触れていた。一瞬の間をおいて、離れる。 「タイガも気をつけてな。」 伏し目がちにカツラが言った。 「あっ、う、うん…。」 突然のことで呆然としながら、タイガは再度ドアに手をかけ、カツラの家を後にした。 「やった、やったぁ!」 タイガは満面の笑みで無意識に声をだしていた。

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