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第20話 出張

 カツラと唇を重ねた日からタイガは浮かれていた。世界はこんなに美しく、楽しいのだと実感する。 あれからカツラと顔を合わせるのは初めてだ。今日ようやく時間ができた。タイガはカツラにすぐに会いに行きたかったが、こんなときに限って仕事が立て込む。  タイガの手元にはカツラから受け取ったカツラの家の鍵がある。これからはいつでも会いたいときに、タイガはカツラに会える。しかもキスもした。いまのタイガには気持ちの余裕があった。退社後、いつも通り携帯をチェックする。カツラからメールがきていた。 【急遽酒の仕入れで出張に〇〇まで行くことになった。店長がぎっくり腰をやらかした。】 「え!?」  タイガはメールを何度も見直した。以前、カツラからたまに酒の仕入れで店長に同行することがあると聞いていた。しかし、このタイミングで。タイガはおあずけをくらった犬のように、しょんぼりした。メールでは週末いっぱいは戻れないとのことだった。 「お疲れ!タイガ。」 「フジキさん。」 「なんだ?ボケーとして?」 「…。」 「今から行くんだろ?麗しの彼氏んとこに。」 「それがですね…。」 タイガはカツラから届いたメールの内容をフジキに伝えた。 「そんなに会いたいなら、会いにいけば?〇〇なら遠くないぞ?」 「いやっ。さすがにそれは…。向こうは仕事で行ってるわけで。」 「ふーん。ま、お前の自由にしな。俺だったら行くけどな。驚いた顔、見てみたくないか?」 「…。」 「お前、行かないなら今から『desvío』に行こうぜ?」 タイガはしばし逡巡した。やはりカツラに会いたい。あのあとだからこそ。フジキの提案はとても魅力的に思えた。 「すんません。俺、やっぱり行ってきます。」 「そーか、行ってこい。カツラくんによろしくな。」 「はい。」 タイガは言うが早いか、直ちに自宅へ向かった。  参ったな。〇〇とはいっても広い。カツラの居場所を、ちゃんと確認しておけばよかった。そろそろ〇〇に差し掛かるころ、タイガは途方にくれた。気持ちが先走り急いで車に乗り込んだはいいのだが、肝心のカツラが〇〇のどこにいるかわからなかった。カツラを驚かせたいタイガは、カツラに確認するという最終手段にはまだ手をのばしていなかった  すると、フジキからメールが届いた。カツラは〇〇の△△ホテルにいるから、そこに行けば会えるだろうと。どうやらフジキはタイガと別れた後、『desvío』に行き、情報を仕入れてくれたようだ。「ありがとう、フジキさん!」タイガは心の中で先輩に感謝の気持ちを抱きつつ、カツラがいる目的のホテルに向かった。  カツラが宿泊するホテルは南国風の作りのホテルだった。観光地の〇〇らしい、一般受けしそうな雰囲気だ。店指定なのだろうが、結構いい所に宿泊するんだなと感心しながらタイガは今夜カツラと過ごす時間を想像し、一人妄想にふける。  ホテルのロビーで待つタイガ。時刻は19時半。カツラの予定では18時すぎに打ち合わせが終わり、その後会食をして解散なので、20時ごろにはホテルに戻るのではということだった。腕時計に目を落とし、何度目かの時間を確認した時、聞いたことのある声がした。 「あのお酒は間違いないわね。でもかなりふっかけられたわ。あのまま契約することなんてなかったのに。」  タイガの視線の先が凍りつく。そこにはツバキがいた。彼女はカツラにもたれかかるように腕を組んでいる。 「店長はいくらでもいいから契約してこいって。今日は助かった。おい、大丈夫?」 「あはは。でも料理とはすごく合ってた!」 カツラも微笑む。タイガの知らない顔。男の顔だ。ここから見ると二人はまるで恋人…。二人はそのままエレベーターに乗り込み、消えていった。

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