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第37話 岐路

 出張の誤解が解けてから...。タイガは仕事で大きな案件を任され忙しくなり、カツラはまともに会えていなかった。彼は今、店にさえ来られないぐらいの忙しさだ。  あんなことの後なのでカツラはすぐにでもタイガと会いたかったが、嫌われたくないと思い聞き分けの良い恋人を演じていた。メールのやり取りは毎日した。タイガからのメールにはカツラへの不満は感じられなかった。カツラはタイガの仕事が上手くいくことを願い、自分も淡々と仕事に取り組んだ。  そして憂鬱な婚約パーティーの日となった。カツラはこれが終わったらしばらくツバキとは距離を置こうと決めていた。自分にはタイガ以外、もう必要なかった。彼だけいてくれたら満足だ。ただツバキへの義理は果たさなくてはと、出かけるための準備を始めた。  パーティー会場はなかなか華やかな場所だった。女性が好みそうだ。毎回のことだが、こういう場にいると周りからの視線を感じる。カツラがそちらに顔を向けると視線がぶつかった。目が合い、ニッコリ微笑むと相手は恥ずかしそうに目をそらす。これの繰り返し。いい加減、うんざりしているとツバキに声をかけられた。 「カツラ。待ち合わせもできないの?」 「現地合流のほうが合理的だ。」 「今日は恋人なんだから気をつけてくれないと。」 「は?そんなことは聞いていない。」 「いいから、いいから。ほらっ、エスコートして。」 そういってツバキがカツラの腕に手をかけた。カツラに意識を向けていた女性たちからため息が漏れる。ようやく食い入るような視線から解放されてほっとする。  当初、今回の件はいいとばっちりだと思っていたが、パーティーで出された酒はことのほか旨かった。 なかなかいいセンスをしている。いつもは飲み過ぎないように気をつけていたカツラだったが、このパーティーが終われば最近ストレスを感じるツバキとも終わりだと変な解放感も後押しし、自然とグラスが進んだ。  タイガのことだけ考えていたい。タイガのこと以外はすべて煩わしい。相変わらず飽きもせずにタイガのことに思いを馳せる。ふとツバキに視線を向けると彼女もいつも通りの様子で酒が進んでいるようだ。  酔っ払い二人か...。これ以上は酔わないよう、ほろ酔いのままカツラは突っ立っていた。ツバキが近づきなにか話しかてきた。よく聞こえないのでカツラは身をかがめツバキに顔を近づけた。  すると曲が流れだした。ゆったりとした曲調。恋人たちが自分たちだけの世界に浸れるような甘いメロディーだ。普段のカツラであったならダンスなんてごめんだったが、今はほろ酔いだ。ツバキに言われるまま二人でリズムに合わせ踊り始めた。  いつ以来だ?ダンスなんて...。ぼーっとしたままダンスをしていると、ツバキが背伸びをし、顔を近づけてきた。どうしたのかと思った次の瞬間、ツバキの唇がカツラの唇に重なった。  カツラは一気に酔いが覚め、信じられないという面持ちで顔を引き離そうとした。ツバキはすごい力でそれを拒む。そして唇がわずかに離れた瞬間にツバキは早口で囁いた。 「私に本気のキスしてみて?なにも感じなければカツラとタイガくんのこれからは間違いないと思う。」 なにいってるんだ、こいつ!?訳が分からず怒りがこみ上げる。今すぐにでも力づくで引き離すことはできた。しかし、ツバキが口にした「タイガ」という言葉がひっかかり彼女の言い分を聞くことにした。 「いいの?タイガくん、とっちゃうわよ?私、彼とは縁があるの。」 ますますカツラは訳がわからなかった。見つめ合う二人。 「早くして。」  タイガのこととなるとカツラはだめだった。頭が真っ白になる。ツバキはタイガになにかしようというのか?彼を守らなければ。縁ってなんのことだ?疑問が次々に思い浮かびパニックに陥る。酒も入っていて正常な判断ができない。ツバキに急かされ、とうとうカツラは彼女に自ら唇を重ね、言われた通りの要求に答えた。ツバキはカツラに抱きつき、唇と舌を激しく絡める。濃厚なキスの音が流れるメロディーに混ざり合う。  曲が終わった。カツラはツバキとの長い口付けを終え、彼女と目を合わせることなくさっと身をひるがえしレストルームに向かった。  気持ちが悪く口を水でしつこくゆすいだ。こんなことは初めてだった。今までも不意をつかれ唇を奪われたことは多々あった。驚きはしたが、ここまで気持ち悪く感じるなんて。カツラが今だれよりも唇を重ねたいと思うのはタイガだ。気持ちのない者との口づけに嫌悪感を感じた。  げっそりとして会場に戻ると、ツバキの姿は消えていた。

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