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第36話 怪しい雲行き

 不本意だが、ツバキのおかげで今回の酒の仕入れは万事順調にいった。予定していた日程より一日早く戻れることになったのだ。 「じゃ、カツラ。例の件、よろしくね。」 ツバキは頼みごとのことを言っているのだろう。しかし、カツラはまだ了承していない。タイガに話さなければいけないと思うと憂鬱だった。 このまま無視を決め込むか…。  カツラは気分を切り替えてタイガに連絡した。丸一日体が空いたのだ。しかもタイガも休みの日曜日に。 彼を家に呼び、今度こそは甘くて濃い時間をすごそうと考えていた。しばらく待っていると、タイガから自宅へ向かうと返事が来た。当日、彼の到着を待つ。誠実なタイガはいつも時間通りだ。 「入って。」 タイガの様子がおかしい。 「どうした?なんか暗いぞ。」 職場でなにかあったのだろうか?心配事なら力になってやりたい。気になりタイガの様子をうかがう。 「カツラ…。聞きたいことがあって。」 タイガの口が重い。なにを言おうとしているのか不安が募る。まさか聞きたいことって、俺のことなのか?緊張が走る。 「俺、カツラに会いに〇〇まで行ったんだ。」  カツラはこの打ち明けに驚いた。わざわざ…。俺に会いに〇〇まで来てくれたのかと胸に熱いものが込み上げる。しかし次の瞬間はっとする。でも〇〇でタイガには会っていない。場所が分からなかったのだろうか? 「連絡くれたらよかったのに。」 本音とは裏腹にタイガを気遣い平然と答える。あそこのいい酒もタイガと飲みたかった。一緒に過ごしたかった。 「ツバキといただろう?」  この一言には衝撃を受けた。まるで一気に奈落の底に突き落とされたようだ。タイガはカツラから目を逸らしている。カツラは焦ったが、自分を落ちつかせ順を追ってタイガに説明した。ツバキが出張に同行したいきさつも。彼女とはなんでもないのだ。やましいことはなに一つない。タイガなら、タイガならわかってくれるはず。カツラは信じてくれとタイガを真っ直ぐ見、祈るような気持ちで彼の言葉を待った。 「そっか、わかった。なら、いいんだ。」 全身の力がぬける。タイガは本当に納得してくれたのだろうか。彼の言葉を信じるしかない。カツラはツバキが同行する旨を伝えていなかったことを心底後悔した。タイガといたかった。 「残念だ。」  カツラは最後にもう一度本当に大丈夫なのかとタイガに確認した。 どうしてもタイガの気持ちを...。気持ちを確認したい。 「タイガ。」  初めて唇を重ねてからずっと思っていた。もう一度キスしたいと。タイガに近づきその唇を求めた。タイガもカツラがしようとしていることに気付いたのか身構える。 ピンポーン。  また招かれざる客がきた。カツラが想像していた通り、玄関を開けるとそこにはツバキが立っていた。彼女がそう簡単に要求を諦めないとは思っていたが。本当に間の悪い女だ。しかし、この際だから二人の関係をはっきりしておいたほうがいいと思い、カツラはツバキを部屋に招いた。 「私、カツラみたいな男は好きにならないわ。」  ようやくタイガの瞳が落ち着きを取り戻した矢先、彼女が畳み掛けた。婚約パーティーにカツラをエスコート役で連れて行く。心配ならタイガもついてきてもかまわないと。ツバキのこの言い方にカツラは苛立ちを覚えた。彼女はタイガへのあたりがきついように感じたからだ。しかし、カツラがそう思ったのも束の間、タイガは構わないとツバキの要求を了承したのだった。  自分の要求が受け入れられたことに満足し、ツバキは去っていった。その後気まずい空気が流れた。このまま二人、自宅で甘い時間を過ごしたいと思ったが、今はとてもそんな気分になれないとタイガは拒絶するかもしれない。不安が頭をよぎる。 「ところで、酒の仕入れは希望通りにいったのか?」  タイガも話題を変えてきた。やはり気まずいのだ。場所を変えたほうがいいと判断し、カツラはタイガを自分が知っているお薦めの店に案内した。  タイガは疲れているように見えた。無理もない。一日でここから〇〇まで往復したのだ。ツバキとのことも精神的にきつかったはずだ。俺はなにをやっているのかとカツラは自分を責めた。全てぶち壊してしまった。タイガに恋してからは持ち前の要領の良さも全く発揮できず、一歩も二歩も出遅れてばかりだった。カツラはもう少しタイガといたかったが、彼の体調を気遣い早めに解散することにした。  大丈夫だ。誤解は解けたのだから。カツラはタイガを信じ前向きに考えるしかなかった。

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