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第35話 募る思い

 カツラの仕事は落ち着いてきたが、今度はタイガのほうが仕事に追われていた。キスしてからまだ会えていない。しかし気持ちに余裕があった。淡いキスであったが、キスとはこんなに特別なものなのかと今更ながらに実感した。  今日は時間ができたから家に行けるとタイガから連絡がきた。いよいよなのだとご機嫌で仕込みに取り掛かかる。すると店長から連絡が入った。今日、店長は酒の仕入れに出かけているはずだ。なんのようだろうと電話に出る。 「カツラ?腰またやっちゃって。急で申し訳ないんだけど、今から僕のかわりに〇〇に行ってくれない?」 「え!大丈夫?でも、俺〇〇の方の酒はイマイチわからないんだけど。」 「カツラの友達に酒造家の子、いただろ?あの子に頼んでみてくれないかな?どうしてもうちで置きたい酒だから。いくらかかってもいいから。」 「それは...。聞いてみるけど。」  カツラは正直気が進まなかった。貸し借りを作るのは好きではない。特にツバキには。以前些細なことで借りを作ってしまったとき、借りを返すまで面倒だった。しかし、これまで世話になった店長の頼みとなれば断ることはできなかった。 「大丈夫。カツラ、誰にでも受けいいし。じゃ、詳細メールしておくから、早速むかって。」  カツラは軽くため息をつき、タイガにメールした。ツバキも同行することになるが、彼には余計な気をもませたくなかったので、簡潔に急遽出張で〇〇まで行かなければいけなくなったとだけ伝えた。  またおあづけか。最近タイガとの仲にことごとく邪魔がはいる。今までのカツラならこのまま相手と疎遠になっても気にも止めなかった。そういう運命なのだと簡単に割り切れた。しかし、タイガに対しては違っていた。これは試練なのか?別に構わない。時間はまた作ればいいのだからと思うようになっていた。  〇〇での商談は上手くいった。 さすが、酒造家の娘だけあってツバキには助けられた。酒を飲むペースも、頭の回転も早いから取り引き相手にも気に入られたようだ。 「借りができたな。」  ツバキと二人、ホテルまでの道を歩いていた。彼女はほろ酔いでカツラの腕に枝垂れかかっている。 ツバキと酒を飲むと彼女はたいていこうなる。誰が相手でもそうだ。だらしがないと思うが、今さら言っても直りはしないのでカツラはされるがままだった。 「ちょうどよかった。相談したいことがあるって言っていたでしょう?この間も話しそびれてしまったから。」 ツバキが少し甘えた声で話し出す。嫌な予感がする。 「そうだったな。なに?」 「友達の婚約パーティーで私のエスコートしてほしいの。」 「はぁ?」 「やだよ。誰か他あたって。」 「今借りができたって言ったばかりじゃない。」 ツバキはこの機を絶対に逃さないぞというふうに意地悪な笑みを作った。 「今日の取り引き相手。まだカードを持っているわよ。相手が店長さんに変わっても、私がいたほうが有利なんじゃない?」 俺を脅迫する気か?カツラはツバキの言いように不快な気持ちになった。最近こういうことが多い。 ツバキとは知り合ってから、ずっといい関係が続いていた。しかし、このごろはやりにくいと感じることが多くなっていた。以前のカツラなら、彼女のこの頼み事も二言返事でOKしていただろう。だが今は気がのらなかった。タイガと出会い、カツラの中にも変化が起こっていた。 「タイガに聞いてみないとわからない。タイガがいいって言ったらな。」 「タイガ、タイガって、えらくご執心ね。彼、そんなにいいの?」 「最高だね。今夜はタイガといたかった。すごく会いたい。なんで隣りにいるのがお前なんだ。」 「失礼ね!なんだかカツラらしくないわ。」 カツラは彼女の言ったことなど聞き流していた。別にいい、お前にどう思われようと。  遠くを眺め、歩き続ける。頭を支配しているのはタイガのこと。体を重ねる時、彼の瞳はどのような色でゆらめくのだろうか。欲を帯びタイガの瞳に捕らえられたい…。 俺はお前にこんなに夢中なのに。会えない時間がつらい。まだキスしかしていないのにこんな状態だ。愛し合ったらいったい自分はどうなってしまうのか。きっとタイガから離れられなくなるのは間違いない。 しばらく無言が続く。  ホテルに着き、ツバキが話題を変える。 「あのお酒は間違いないわね。でもかなりふっかけられたわ。」 歩いて酒が回ったせいか彼女の足取りがおぼつかない。面倒だがしっかり支えてやらねば。 「おい、大丈夫?」 カツラは咄嗟にツバキの体を支えた。

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