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第44話 真実

 『desvío』とのやり取りは順調に進んだ。店長が意外に乗り気で、レストランの要望に合った酒を用意することを快諾してくれたのだ。今後細かい打ち合わせをするため、タイガがまた『desvío』に行く回数は増える。ただカツラと再会したときの彼の態度が気にかかり、憂鬱な気持ちは全く晴れていなかった。  店での打ち合わせはいつも開店前の仕込みの時間になった。その日もタイガはカツラはいるだろうか、また彼につれない態度を取られるのかと暗澹たる気持ちで店に向かった。カツラはいた。タイガが店に来ていなかった間に新しく働き始めた見知らぬ顔の従業員にカウンターの向こうで料理の指導をしていた。彼はタイガに「お疲れさま。」と軽く声を掛けただけだった。  暗い気分をなんとか切り替え店長と話し合い、店を後にする。その時にはカツラの姿はタイガが見える範囲の店内にはいなかった。うつむき、元来た道を歩く。店を出てから数分後、思わぬ人物から声を掛けられた。 「あら。」 体が硬直する。顔を上げると目の前にはツバキがいた。 「どうも。」 軽く会釈しそのまま立ち去ろうとすると再びツバキから声がかかる。 「そんなに慌てて逃げないでよ。私、君に話があるのよ。」 振り向きタイガが答える。 「俺はないから。」 そのまま行こうとすると、ツバキはタイガの腕を掴み引きとめた。 「ちょっと。婚約パーティーでのキスのこと、聞きたくないの?」 タイガは目を大きく見開きツバキを見る。 「その様子だと、カツラからはまだ聞いていないんでしょう?カツラとは仲直りできたの?」  タイガはなにも言えなかった。ツバキの話し方からして、あのキスにはカツラの言ったようになにか理由があるのではと感じた。だとしたら、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。 「できたら今話しておきたいから。時間とれる?」 とにかく話を聞かなければと思い、彼女について行き近くの喫茶店に入った。  こじんまりとした喫茶店は午後のティータイムのせいか込み入っていた。ツバキが適当に席を見つけ腰をかける。タイガは彼女の向かいに座り、彼女の話を待った。注文したコーヒーを一口飲み、ツバキが話し始めた。 「私、カツラが好きだった。」 やっぱり!思い返せばこの女は最初からタイガには敵意むき出しだった。タイガの勘は外れていなかった。 「勘違いしないでね。カツラを男として意識をしたのはカツラがタイガ君と付き合い始めてからよ。カツラは...。他人に興味なんて全くなかった。多分それは変わらず、ずっとこのままいくんだろうなって思ってた。でも、タイガ君に会ってカツラはどんどん変わっていったわ。私、寂しかったのね。急に自分のものをとられたようで。」  他人に興味がない?そんな風には見えなかった。カツラは誰からも人気があったし、愛想もいい。恋人選びには困らないだろうと思っていた。意外な告白に驚いたが、タイガは黙って彼女の話を聞き続けた。 「それに私、タイガ君とは因縁の仲なのよ?」 「え?」  次にツバキから聞いた内容はタイガにも衝撃だった。彼女が初めてデートしたサクラの姉だったとは。サクラがその後変わり、幸せそうでタイガはよかったと思った。しかし、ツバキにとっては姉妹だからこそか、その変化が面白くなっかたようだ。全て、タイガのせい。タイガが変えていく。そう思ったとのことだった。 「タイガ君には迷惑な話よね。完全に私の逆恨みなんだけど。カツラは女性もいけるタイプだし。私たちは似ているからもし交際しても、そこそこうまくいくんじゃないかって思ったわ。タイガ君より私のほうがカツラと付き合い長いしね。だから、無理やりキスしたの。させたのよ。」  「いろいろあったんだ」カツラはそう言っていた。カツラはタイガには嘘を言っていなかった。瞼をとじる。まだやり直すことはできるのだろうか? 「カツラったら、私が不意にキスしたら全力で抵抗するんだもの。腹が立って、タイガ君のことをほのめかしたのよ。ちゃんとキスしてくれないと大変なことになるって。」 だから...。だからあんなキスをしたのか。タイガは膝のうえで拳を握る。 「そのあとカツラったらレストルームにかけこんで必死に口をゆすいでいるのよ。あれは。ショックだった。すごく。」 ツバキは悲しそうに下を向いた。 「その後、カツラとは?」 「絶交されたわ。」  タイガはツバキになんと声をかけたらいいのかわからなかった。カツラへの恋心を変な手を使わず正直に伝えればよかったものをそうしなかった。彼女の自業自得なのだ。俺もカツラもこの目の前の女に振り回された。しかし...。お互い信じる気持ちがあったなら、このようなことがあっても二人の仲はこじれなかったはずだ。俺があの時カツラを信じ、カツラの話を聞いてさえいれば。  ツバキと別れ、タイガは夕焼けに染まった町を歩いた。彼女から真実を聞いた今、カツラにひどい態度をとったことを謝りたかった。カツラが自分に心を閉ざしてしまったのかもしれないと再会してからずっと不安に駆られていた。そのため今まで積極的に行動する気持ちにブレーキがかかってしまっていたがそれではダメなのだ。 今から客として『desvío』に行く決心をした。

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