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第43話 違和感

 タイガは言葉が出なかった。目の前にはずっと会いたかったカツラがいる。彼は相変わらず美しい。少し髪が伸びたせいか細面の輪郭も手伝ってさらに色っぽく見える。表情から元気そうだ。そして…。カツラはタイガを見て目を丸くし驚いていた。 「どうした?こんなところで?」  カツラの態度はいたって普通だった。最後に二人が会った…。毎朝、彼がタイガに手料理をもってきた切羽詰まった感じは微塵も感じなかった。タイガの心にヒヤリとした冷たい感覚が走った。 「店長と打ち合わせをする予定だったんたけど、鍵がかけられてて。」 戸惑う気持ちを隠しながら平静を装い答える。 「え?あの打ち合わせってタイガの所だったのか?」 「あ、うん。なにか聞いてる?」 「さっき聞いた。店長、時間間違ってるな。俺には一時間後だって。俺は仕込みの買い出しに行ってて。」 カツラは今買ってきたスーパーの袋を持ち上げて見せた。彼の成すこと全てに視線が釘付になる。なぜこんなにも美しく愛おしい彼を無視し続けてしまったのか。後悔が次から次へと押し寄せる。 「ついてたな、タイガ。俺、もう一件店寄ろうと思ったけど、急ぎじゃないからやめたんだ。」  そう言いながらポケットから鍵をだす。どうして何事もなかったような態度なんだ...。タイガは今の二人のやり取りに焦りを感じ始めていた。なにかが変わってしまったのではないかと。 「失礼。」 カツラがタイガの真横に来、鍵を開けた。美しい横顔がいきなり視界に入りタイガは目をそらした。  裏口のドアを開けると細い通路があった。それを右手に折れると清潔感のある厨房が広がっている。 厨房を抜けると馴染みの店のカウンターだ。タイガはカツラについて店に入り、言われるままにカウンター席に着いた。いつも自分が座っていた席だ。カツラが間接照明をつける。懐かしい『desvío』。営業前に来るのは初めてだ。ずいぶんと雰囲気が違う。  カツラに意識を向けると、彼はさっさっと買ってきたものを冷蔵庫に入れ、仕込みに必要なものをカウンターに持ってきていた。そして、手持ち無沙汰に座っているタイガに気が付くと、声を掛けてくれた。 「せっかくだからなにか飲む?っていっても仕事中か?」 グラスを手に取りながら尋ねる。 「いや。少しだけもらおうかな。」 「OK。じゃぁ…。」  カツラがタイガに背を向け酒を選び出した。タイガは彼の後ろ姿を見つめる。そして先程から感じる違和感に戸惑っていた。 コト...。  カツラが振り向きグラスを置いた。手には珍しい形をした赤い酒瓶を持っていた。なにかの動物だろうか?酒が注がれる。いびつな形の瓶からは想像ができないような、綺麗なエメラルドグリーンの色をした酒だった。 「綺麗だ。」 タイガは思ったまま素直に感想を述べた。 「な。アルコール度数は低いから。」 タイガはカツラにすすめられ、グラスに口をつける。甘い、蜂蜜のような味だ。酒というよりはジュースに近い感じがした。酒の甘味が体に染み渡る。  久しぶりにカツラが勧めてくれた酒を飲み、彼がずっと自分のことを気遣い、酒を振舞ってくれていたことを思い出す。失恋に傷ついた心を優しく癒してくれた。予想以上に早くカツラと再会し、戸惑いの迷路に陥っていたタイガは、ついうっかりしていたことに気づいた。今こそ話すチャンスなのでは。気持ちを正し、呼びかける。 「カツラ…。」 「ん?」  ガチャ。 カツラがタイガの呼びかけに答えたのとほぼ同時に裏口のドアが開く音がした。 「カツラ、いるのかぁ?」 間の悪いことに店長が戻ってきたようだ。カツラに話すタイミングを無くしてしまった。 「店長。約束の時間、間違ってたみたいだ。」 「え?」 店長がカウンター内に入ってきた。タイガの姿を認める。 「わぁ、ごめん。あっちで話そうか?」 と奥のテーブル席を指差した。タイガは素早くカツラを見た。カツラは店長が来たことで自分の役目は終えたと、すでに仕込みに取り掛かっていた。  自分のことを見もしないカツラの態度に、やはり二人の関係がかわってしまったのだと思い知らされた。タイガはそれ以上彼に声をかけることができなかった。のろのろと店長に従い奥のテーブル席に移動した。

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