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第42話 再会

 カツラが出張と名のつく研修に行ってから、タイガはなにも手につかなくなっていた。研修場は遠い場所だ。会いに行くことは難しい。タイガにできるのはカツラの帰りをただ待つだけだった。一日一日がとても長く感じる。  聞けばあの日どうしても研修に行きたいとカツラから言ってきたそうだ。何故急に研修に行くと思いたったのか。タイガはその理由が自分以外思いつかなかった。  日増しに不安は募り、どうして一度でも立ち止まりカツラの話を聞こうとしなかったのかと後悔した。毎朝わざわざ会いに来てくれていたのに自分は顔さえ見ずに立ち去ってしまった。カツラの姿をまともに見たのはあの満月の夜が最後だった。  叔父から任された仕事にも全く集中できず、無理をいって担当を変わってもらった。今のタイガは時間がある。しかし肝心のカツラがいないのだ。  心にぽっかりと大きな穴が空いたように感じた。カツラがいない『desvío』に行くのも寂しさがより一層増すので、足が遠のいていた。そんなタイガの今の生活は、会社と家の往復のみだった。カツラと知り合ってからの期間は短い。カエデに振られた時はこれ程つらく苦しいことはないと思っていたが、カツラがいなくなってタイガはあの時より憔悴しきっていた。 「タイガ。」 「フジキさん…。」  タイガの精気の抜けた顔を見てフジキが眉をよせながら話しかけてきた。元気のない後輩のことを気にしてくれているようだ。 「なぁ、お前にいい話があるんだ。これなんだが。」  そう言ってフジキは持っていた資料をタイガに渡した。それは彼が手がける新しいレストランの資料だった。 「これがどうかしましたか?確か、来週完成でしたよね?」 「ああ。実はこのレストランのオーナーがちょっと変わっててな。週末だけ、こだわりの酒を提供したいと。」 「え?」 「こだわりの酒といったら『desvío』だろ?その話をしたら、是非アドバイスしてほしいと。もちろん『desvío』が損しないよう、納品は『desvío』経由でいいって言うんだ。」 「それは。悪くない話だと思いますが、まず先方の意見を聞いてみないことには。」 「そう、だからな。お前に聞いてきてほしいんだ。今から話詰めるから、『desvío』に話持っていくのは大体来週末かなと思っているんだが。」 それはカツラが戻ってくる予定の日だ。 「俺…。」 「タイガ。カツラ君とちゃんと話してこい!今の気持ちを伝えるんだ。こういうのがあったほうが、店にも行きやすいだろ?」 なんとフジキはタイガのために気をつかい、場を設けてくれようとしている。 「フジキさん。ありがとうございます。俺、心配ばかりかけて。こんなことまで。」 「じゃ、タイガ。この件は任したからな!詳細決まったらまたお前に資料回すから。」 フジキはタイガに手を振りながら去って行った。  カツラが帰ってくる日がいよいよ明日に迫った。 『desvío』に説明するための資料も完成した。明日は週末なので、説明は店の開店前にしてほしいとタイガは店長から言われていた。開店準備の邪魔にならないよう早い時間を約束する。 それにしても...。研修から戻ってすぐにカツラは店に来るのだろうか。カツラに会うための手回しは準備万端だが本人不在ではどうすることもできない。祈るような気持ちで朝を迎えた。  店との約束の時間になった。店長に裏口から入ってくれと言われていたので『desvío』の裏口にまわった。裏口はちょうど正面入り口の反対側にあった。ドアは横の通りからぱっと見わかりにくい。通り側にドアを隠すように小さな倉庫とゴミ箱が置かれている。タイガは建物の裏側奥に進みドアノブに手をかける。 ガチャ。 ドアは施錠されていた。 「え?」 慌てて店に電話をかける。不在だ。店内から電話の呼び出し音が聞こえる。タイガは時間を確認するが間違ってはいない。しばらく店の前で待つしかなかった。  ドアの前で時間をすごす間、なにをするわけでもなく、その場にしゃがみ込み目を閉じた。図体のでかいタイガであったが、しゃがみ込んでいるため通りからはタイガの姿は確認できない。営業時間前ということもあり、周りは意外と静かだった。「自分はこんな所でいったい何をしているんだろう...。」店から締め出しを食らい、上向きになりかけていた気分が一層落ち込んで行く。  カツラと出会い、幸せだった時間を思い出す。そして嫉妬しカツラを避け続けた結果、カツラはタイガの前から姿を消した。嫌でもこの事実が胸にのしかかる。タイガが会いに来たからといってカツラがタイガの話を聞いてくれるとは限らない。思考は悪い方にばかりたどり着く。  そんなふうに堂々巡りを繰り返し30分ほど経った時だろうか。こちらに近づく足音が聞こえた。タイガは立ち上がり足音がする方に目を向けた。 「タイガ?」 そこにはカツラが立っていた。

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