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第41話 逃避
カツラはタイガたちから離れ一人店に向かっていた。息切れがする。体もだるい。ここ最近の無理が祟ったのか体が熱っぽかった。手にした酒が異様に重い。緊張の糸がぷっつりと切れ、先程から思考が働かない。
えーと…。そろそろ店は仕込みの時間だ。急いで戻らないと。そうは思うが先ほどから視界がグルグルする。壁にもたれ空を仰いだ。今日は快晴で自分の気持ちとは関係なく、町も人もいつも通り変わらない。瞼を閉じ呼吸を整えて歩き出そうとした時、春のそよ風のような声が問いかけてきた。
「あの…、大丈夫ですか?」
目をあけると、太陽の光にキラキラと光る金髪の人物がカツラのことを心配そうに見上げていた。声からしておそらく男性のようだが、華奢な体系から女性に見えなくもない。
「あぁ、うん。大丈夫…。」
カツラは壁から離れふーと息を吐いた。彼はまだカツラを見ている。居心地の悪さを感じ、「大丈夫だから」と言って一歩踏み出した途端、立ちくらみがし片手を頭にあて膝をついてしまった。
「大丈夫ですか!」
彼が咄嗟に肩を貸してくれた。彼からはシャンプーの良い香りがした。
「少し休めば大丈夫だから。」
カツラはこんなところで他人の世話になるなんてと、罰の悪さを感じた。
「あの。ぼく、薬あるんです。頭痛持ちだから。よかったら飲みますか?」
突然の彼の申し出には驚いた。そして、ようやく自分に駆け寄り肩を貸してくれた男をまじまじと観察した。明るく柔和な顔立ちは誰もが好感をもつだろう。琥珀色の大きな瞳は彼のかわいらしさを一層引き立てている。
「あの。ちょっとここに腰かけていてください。あそこの自販機でお水買ってきますから。」
そう言ってカツラが止める間もなく、彼は行ってしまった。
「どうぞ。」
彼から薬を受け取り水で流し込む。それだけでもいくらか気分はよくなった。
「ありがとう。面倒かけた。」
「いえ。困った時はお互い様ですから。」
彼は太陽のように微笑んだ。カツラは彼の顔を直視した。なんだ?この感じは?
「じゃ、僕行くんで。無理しないでくださいね。」
そう言って彼が立ち上がった瞬間、一枚の紙がひらひらと舞い落ちた。
「あっ!」
彼が慌てて落ちた紙をとろうとするが、紙はカツラの手元に落ちた。カツラが紙を手に取る。それは『desvío』のチラシだった。カツラはチラシを凝視した。
「あの…?」
「あっ、ごめん。」
チラシを彼に手渡す。
「ここのお店、すごく評判いいみたいです。行ってみようと思うんですがこの地図がちょっとわかりにくくて。僕、方向音痴だから。携帯アプリ使ってもたどり着けないことが多くて。」
彼はコロコロと表情が変わりかわいらしい。カツラは短時間しか接していないが、彼に好印象をもった。『desvío』ならよく知っている。もし彼が来店したら、今回のお礼をしなければと思った。
「よかったら、地図書こうか?」
「え?いいんですか?助かります。」
そう言って彼はカバンからボールペンを差し出した。カツラはわかりやすい簡単な地図を書き、ペンを彼に返そうとした。その時ペンに刻印された文字が目に入った。
【 □□学校 第121期生 KAEDE 】
カエデ...?ペンを受け取りカバンにしまおうとする彼の姿を愕然と見つめた。
「地図、ありがとうございます。それじゃ。」
彼は軽く会釈をし去っていった。向かった先にはタイガの会社がある。どういうことだ?カツラは放心状態だった。□□学校はタイガの母校でもある。
カエデ...。
一瞬の間を置いて理解する。彼がカエデなのだと。
「はははははは……。」
カツラは笑い出した。自分とは全然違う。本当に見た目も中身も天使みたいなやつだった。タイガが惚れるわけだ。先程彼に感じた既視感はタイガに似ているからだ。誠実さ、純真さ、太陽のような笑顔…。
カツラはタイガとカエデ、二人の間には決して割って入ることなどできないと思った。タイガに拒まれ、カエデに会った今、カツラの心の中は敗北感でいっぱいだった。
すごした時間が違う。ものの見方も、感じ方も。俺とタイガは全部違う。交わるはずがない。ツバキ…。完敗だ。
どれくらいそこに座っていたのか。ようやく立ち上がり店にむかった。カツラの頭を占めていたのはタイガとカエデのことだった。タイガがあれだけ自分のことを拒み続けたのもカエデと再会したからかもしれない。タイガに嫌な思いばかりさせてきた自分とは違い、カエデとは居心地がよかったはずだ。
カエデは『desvío』を気にしていた。そのうち二人が連れ立って店に来るかもしれない。
俺はきっと耐えられない。なりふり構わずタイガにすがりつくかもしれない。それだけはなんとしても避けなければ。これ以上タイガに嫌われたくない。
店に着いた頃にはカエデからもらった薬が効いたのか、体調はいくらか良くなっていた。
しかし、気分は最悪のままだ。暗い表情で厨房に入る。壁にある連絡ボードにかけられた紙に目がとまった。
「カツラ。おかえり。」
「店長。これ?」
「あぁ。研修つきのな。長くて行けやしないよ。」
「俺、俺っ、これ行きたい!」
カツラはタイガとカエデと鉢合うかもしれないこの町から一刻も早く逃げ出したかった。二人が一緒に仲睦まじくいる姿など見たくなかった。
「えー?」
「お願い、店長!戻ったら休みなしで働くから。」
店長は渋ったが、結局はカツラの申し出に折れる形となった。
「お前がそんなに勉強熱心だったとは。」
店長の了解を得、胸を撫で下ろす。早速今から研修場所に向かうため、家に帰り準備することになった。
大丈夫。タイガに会う前の自分に戻ればいいだけだ。カツラはタイガへの気持ちを断ち切る決意をし、店を後にした。
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