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第40話 失恋
ツバキと別れてからすぐカツラはシャワーを浴び、身なりを整えた。タイガに会いに行く。一番いい姿で会わなければ。
かなりの怒りだったから、最初はまともに話を聞いてくれないかもしれない。真っ向勝負は厳しい。どうすればいいのかカツラは思案した。自分になにができる?タイガのためにできることは…。カツラは料理に自信があった。タイガにはまだ手料理を店以外では食べさせていない。まずは手料理でタイガの意識をひくことにした。タイガは魚料理が好きだと言っていた。それならばレパートリーがたくさんある。
そうと決まればと早速カツラは二日ぶりに外に出た。タイガに作る料理の材料を買うために。タイガにまだ許されたわけではないが、彼のために手料理を作るんだと思うとワクワクした。
数時間後、カツラはタイガの会社前にいた。手には紙袋を持って。そこには腕によりをかけて作ったタイガの好物の料理が入っている。緊張で手が冷たい。タイガはまだか?とキョロキョロしていると、ひときわ背の高い男が歩いてきた。タイガの姿を目にすると胸がときめいた。大丈夫だと自分に言い聞かせ、意を決して彼に近づき声をかけた。
「タイガ。」
自分に向けられたタイガの視線は冷たかった。タイガがカツラを見る目は、まるで汚物でも見るような目だ。さっと目を逸らされてしまう。体を切り裂かれたような感覚に襲われ、気持ちが怯みそうになった。
ダメだ!最初から上手くいくわけがないんだと折れそうな心を奮い立たせ普段通りに話しかける。
「おはよう。機嫌、少しは直った?」
タイガはカツラを無視して歩き始めた。カツラは話しながら紙袋を差し出すが、タイガはカツラを一瞥することなく、会社の中に入っていった。覚悟はしていたが、タイガの自分への態度の変化に戸惑いを感じ、やはり無理なのではという思いに飲み込まれそうになった。
いやだ、タイガ...。お前を諦めない。話を聞いてもらうまでは。今のカツラを支えているのは、ともすればすぐに切れてしまいそうな細い細い糸のようなこの思いだった。
翌る日も、その翌る日も…。手料理を手に毎朝タイガに会いに行った。仕事の合間に料理を仕込み、タイガに会いに行くのは肉体的に大変だったが、今日こそは彼が振り向いてくれるかもしれないと思い通い続けた。しかし、タイガの態度は一向に変わらなかった。
その日の朝も空振りに終わり、家で数時間仮眠をとってからトボトボと『desvío』に向かった。仕込み時間より早い出勤だった。
タイガはあれから店にも来ていない。カツラのせいで、店は一人常連を失ったわけだ。二人のことを知らない店の者達は特に気にしていないようだが。
カツラは店の料理をなにかタイガに持って行こうと考えた。そのために早めに出勤したのだ。今のうちに彼への料理を作っておこうと。
店には先に店長がいた。
「カツラ?どうしたんだ、こんな早くに?」
「いや。ちょっと...。店長こそ?」
「頼んでいた酒が届いたから。これ。ほら、お客さんに人気があったろ?けちりやがって、あのじいさん。今回はたくさんうちに入れてくれたよ。ほら。」
それはカツラが最初にタイガに奢った朱色の振る舞い酒だった。
「これだ!これならきっと!」カツラはこの時に入荷した朱色の振る舞い酒がすべて解決に導いてくれると感じた。
「店長…。この一本、俺買いたい。」
「へ?」
「自分で飲むのか?たくさんあるからいいけど。」
カツラは店長からその酒を受け取った。そしてその酒を手に再びタイガのもとへ急いだ。今なら昼休憩かもしれない。タイガの会社近くまでたどり着くと、スーツ姿の会社員たちが昼飯を求めて歩いている。
タイガはいるだろうか?あいつは目立つから…。視線の先、タイガがいた。フジキも一緒だ。フジキが一緒ならばなおさらタイガと話せるかもしれない。カツラは逸る気持ちのまま、急いで二人のもとへ駆け寄った。
二人の目的の店は行列ができていたが、並んで待つようだ。カツラが人をかき分け、まさに二人に近づこうとした瞬間、会話が耳に入ってきた。
「もう終わったことなんで。」
「むこうはそんなつもりなさそうだけどな?」
「やめてください。いい迷惑ですよ、こんなところまで毎日来て。まるでストーカーじゃないですか。」
ストーカー?カツラは頭を金槌でガツンと殴られたような衝撃を受けた。いけない、ここを離れないと。カツラはタイガたちに背を向けヨロヨロと歩き出す。視線が定まらない。タイガの言った言葉が頭にこだまする。
ストーカー、ストーカー、ストーカー…
なんということだろう。自分がタイガのためと思ってやっていたことは彼にとってはただの迷惑行為でしかなかった。瞬間、はっとする。タイガのため?振り向いてほしくてやったのだ。彼のためではない。自己中心的な考えからだ。タイガはあんなに嫌がっていたのに。彼の気持ちを考えようともしないで。
俺は間違ったのだ。思い返せばタイガと出会ってから間違ってばかり。あげくに最後は失敗した。カツラは自分の初めての恋が終わったことを悟った。
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