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第47話 刹那

 一瞬、その場が氷りつく。フジキは見てはいけないものを見てしまったような気がして目をそらそうとした。しかし、タイガが隣にいることを思い出しはっとした。フジキはタイガが気になり視線を隣に移す。タイガは大きく目を見開き硬直していた。 「ちょっと。」 カツラが慌てて男から距離をとろうとする。男はカツラの細い手首をまだつかんだままだ。 「あのね。今営業中。出禁にしますよ?」  カツラは男に対して敬語を使った。一体どうゆう仲なんだ?タイガは二人のやり取りを見続けていた。目が離せなかった。 男のカツラに対する慣れ慣れしい態度に頭の中が真っ白になった。膝に置いた手は強く拳を握りすぎて冷たくなっている。タイガの視線は男が掴んで離さないカツラの手首に注がれたままだった。 「いいのか?そんなことをしたら困るのはおまえだろ?」 男の口元はいやらしい笑みを浮かべている。 「あの...。カツラ君?」  たまらずフジキがカツラに声を掛けた。カツラがこちらに視線を戻す。ほんの一瞬タイガと視線が重なった。今、俺を見た?タイガがその確信を持つ間もなくカツラが答えた。 「こちら、トベラさん。うちの取引相手。」 カツラがトベラなる男を二人に紹介した。 「お客さんいるから酒を飲みに来たのなら席に着いてください。」 カツラがトベラの腕を掴まれていないほうの手で引き離した。 「つれないねぇ。」 そう言ってトベラはフジキの隣の一つ向こうのカウンター席に座った。 「カツラ。今日はなにがオススメなんだ?」  まるでカツラは自分のものだというような尊大な態度でトベラが聞いた。しかしカツラは無視し、テーブル席の対応をしていた店員に彼の注文をとるよう促した。無視されたトベラは全く気にする風でもなく、薄ら笑いを浮かべメニュー表に目を落としている。  タイガはこの異様な男の存在が気になって仕方がなかった。外見は確かに魅力的だが、彼の表情、行動がそれを全て台無しにしてしまっていると感じた。それにカツラのことを我が物顔で扱う態度に怒りを覚えた。 気まずい空気をなんとかしようとフジキが口を開いた。 「えぇと。なに話してたっけ?」 「あ。携帯?」 カツラがカウンターの上に置いたままの携帯を手に取った。 「タイガ。」 「はい。」 フジキの呼びかけにタイガの意識がようやく戻った。 「カツラ君にメアドと電話番号渡しておけ。」  フジキはそう言いながらカウンターにある紙ナプキンをタイガに渡した。ペンはいつも持ち歩いているらしく自分のペンをタイガに渡す。 タイガはカツラの様子を確認する勇気がなかったので、フジキに言われるまますぐに紙ナプキンに自分の連絡先を書いた。緊張で文字が震える。 「これ...。」 タイガは自分の手元に視線を落とし「受け取ってくれ。」と願いながらカツラに紙ナプキンを差し出した。  一瞬の間。カツラは無言でそれを受け取った。刹那、二人の指先が触れる。タイガは体中に電気が駆け巡るような感覚に襲われた。 思わずカツラの顔を見る。カツラも手元を見ていた。そして、二人の視線がぶつかった。 「わかった。」 言い終わった後に優しく微笑むカツラ。それはタイガが知っている特別な笑顔だった。 「カツラさん?」 ウィローがカツラを呼び戻しに来たのだ。そろそろ奥が限界らしい。 「あっ。トベラさん。来てらしたんですね。こんばんは。」  ウィローもトベラに挨拶をした。この男、『desvío』では有名らしい。トベラはウィローにはカツラとは違い、目も合わさず挨拶がわりに手を上げただけだった。 「じゃ、フジキさん、タイガ。ごゆっくり。」  カツラはそう言いカウンター奥へ戻っていった。彼の笑顔はまたよそよそしいものに戻っていたが、タイガは確かな手ごたえを感じていた。カツラはまだ俺に気持ちがある。でもなぜそれを隠そうとする?タイガは疑問に感じたことの答えを探そうと思案する。 「タイガ。」 声に反応しフジキに顔を向ける。 「なんとか。なりそうだな。」  フジキもタイガとカツラのやり取りを見ていたのだ。今日はフジキがいなかったら無理だった。タイガは自分のために動いてくれたフジキに心から感謝した。 「あと一杯飲んで俺たちも帰るか?」 「そうですね。」  タイガはフジキと別れ意気揚々と自宅へと戻った。カツラは果たして連絡をくれるだろうか?あの様子では臨時営業が実際にあるまで連絡は来ないかもしれない。  カツラの優しい微笑みを一瞬でも再び向けられたタイガは、ついさっきまでの消極的な思考がなくなっていた。臨時営業までは待てない。水曜日はまた店で打ち合わせがある。その時にカツラに話しかけよう。タイガは水曜日が待ち遠しくてたまらなかった。必ずカツラを取り戻す。そう決意していた。

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