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第48話 手料理
水曜日。打ち合わせの時間より少し早くタイガは『desvío』を訪れた。その時間、店にカツラが来ているか確信はなかった。しかし彼の自分への気持ちを感じたタイガは、なにを置いてもカツラに会いたくてたまらくなっていた。もっとカツラと話をし、彼への変わらぬ思いを伝えたかった。
裏口のドアに手を掛ける。ドアは鍵がかかっていない。どうやら締め出しを食らわなくて済んだらしい。
店内に入ると明かりがついている。誰かが既に仕込み作業をしているようだ。厨房を抜け、カウンターに出る。そこにはカツラがいた。タイガは心の中でガッツポーズをとった。
「カツラ。」
タイガの呼びかけにカツラは振り向き驚きの表情を見せた。
「タイガ。もう打ち合わせの時間?早くないか?まさかまた間違って...。」
カツラが言い終わる前にタイガは首を振った。
「いや。ちょっと。その...。話がしたくて。」
あれだけ決意してきたというのにカツラを目の前にできた喜びのあまり、言葉がうまく出てこずぎこちない返答となってしまった。
「話?」
タイガの返事が予想外だったのかカツラは少し訝しんでいるようだ。相変わらず一線をひいた態度だが、それに怯むことなくタイガはカツラに近づいた。するとふとカツラの手元に目が行く。
カツラはなにか料理を作っている最中だったようだ。カツラに意識を奪われ気付かなかったが、店には食欲をそそる旨そうな料理の匂いが充満していた。匂いを嗅いだせいか、タイガの腹の虫が鳴った。店に早く来るため、仕事を前倒しでやっていたので昼食を抜いていたからだ。
「腹、減っているのか?」
タイガの腹の音を聞き、カツラが尋ねた。タイガは急に恥ずかしくなった。
「食べる暇がなくて。」
照れ隠しをしながら、自分の腹をさすった。
「じゃ、これ食うか?」
カツラが出来立てのその料理をそっと差し出した。それは実に旨そうだ。目を凝らしてみてみると、タイガの好物の魚を使った料理だった。
「いいのか?」
「もちろん。さ、座って。」
カツラはタイガをいつものカウンター席に促しタイガの前に料理を置いた。箸を受け取り、料理を口に運ぶ。
「旨い!!」
骨まで柔らかく煮込まれた魚はタイガが好きな味付けで、口の中で溶け食欲を一層引き出す。ずっと食べていられるような、旨くてたまらない味だった。
「ふふふ。」
カツラがこみ上げる笑いを我慢するように笑い出した。
「なんだよ?」
タイガは自分が笑われたと思い、少しむっとしてカツラに問いただした。
「いや。別に。それ、新しいメニュ―に入れようかと思って。」
それのどこがおかしいのかタイガにはわからなかった。特に深く考えることもなく「多分人気メニューになるよ。」と伝えた。
「だよな。自信作だ。」
カツラもまんざらではなさそうだ。タイガはカツラが料理に自信があることは知っていた。以前も店で試しに作っていたものを食べたことがあった。それもとても美味しかった。本当にすごいんだな。俺に、俺にだけ作ってほしい。
タイガはカツラが毎朝手料理を携え自分に会いに来ていたことを思いだした。一度も受け取ることなく終わってしまったが。本当にひどいことをした。今、カツラと以前のようになんの気がねもなく話せている。気持ちを伝えるなら今だと思い、「カツラ。」と彼の名を呼ぶ。カツラがタイガに意識を向けるのを確信すると、誠意が伝わるように箸を置き、姿勢を伸ばした。そしてカツラの目をまっすぐに見て言う。
「お前を疑って悪かった。先日ツバキに偶然会って。彼女から詳細は聞いた。毎朝料理も届けに来てくれていたのに。無視してしまって。後悔している。許してくれ。」
タイガはそう言って頭を下げた。カツラの反応は?
「タイガ、頭あげて。」
そう言われ顔を上げカツラを見る。カツラは視線を落としている。
「ツバキに会ったんだな。でもお前が謝ることはない。俺が悪かったんだから。誰だって嫌になるさ。だから気にするな。」
「いや。でも。」
「そんなに料理が食いたいなら食わせてやる。俺は大体この時間には店に来て仕込みをしている。な?」
タイガにとってカツラからのこの申し出はありがたかった。自分のために手料理を作ってくれると言ってくれたのだから。しかし、タイガが伝えたかったことが全てカツラに正しく伝わっているのかわからなかった。正直このやり取りではその判断はつかない。タイガは今すぐにでもカツラと以前のような関係に戻りたかったのだが。これで本当にいいのか?カツラに謝罪はしたが彼の反応はとても冷静だ。もっと喜んでくれると思っていたのに。もう一押しをしようとしたところで時間切れとなった。店長が来たのだ。
「料理が用意できるときは連絡する。」
カツラはタイガの連絡先を登録してくれたようだ。
「わかった。」
タイガは渋々今日のところはそこで引き下がるしかなかった。自分が望んでいる関係性まで持っていくことは叶わなかったが、カツラとようやく二人で話ができ、自分はツバキのことはもう気にしていないと伝えることができたのだから。再会した当初のことを思えばかなりの進歩だ。
タイガは料理を急ぎ平らげ、ご馳走様と言って店長のいるテーブル席にむかった。
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