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2.玖賀速生 -2-

学校を出てなだらかな坂を下り、一つ目の住宅街を抜けると、家に向かう路地が見えてくる。 今にも雪が降り出しそうな、真っ白な寒空の下。辺りを歩いている人は全く居なかった。 軽く息を吐いてペースダウンした時、バス停の近く、人影が見えた。 「ーーーーー…!?」 誰かが苦しそうに地面に膝をついて、しゃがみ込んでいる。 速生は驚き、急いで駆け寄った。 「どうした!大丈夫か!?」 その声に、一瞬ビクンと体を震わせて、苦しそうに顔を上げた相手を見て、速生は驚いた。 色白な肌、大きな瞳には涙が滲んでいて、長い睫毛が小刻みに揺れている。 唇は噛み締めていたせいか紅色に染まっていて、その儚げな雰囲気に、一瞬で圧倒された。 (なんだ、この、美少女……) 今にも消え入りそうなその姿は、まるで、テレビドラマのワンシーンを見ているようで。 それほどに浮世離れした容姿の持ち主、それが、速生の隣家に越してきた張本人の、夕人だった。 はっと我に返った速生は、何考えてんだ、違うだろ!と冷静になる。 「だ、っ大丈夫か!?えっと…救急車とか…」 こんな場に出くわしたことがないので、何をどうしたらいいのかもわからない。 「はぁ…っ…いや……大…丈夫です……っはぁっ……」 首に巻いたマフラーを胸辺りで握りしめて苦しそうに返事をした夕人の声を聞いて、速生はまた驚いた。 (美少女じゃなくて、美少年か!…ってそんなこと考えてる場合じゃねぇだろ!) 「大丈夫、なんで……っ…ほっといてください…」 苦しそうに声を絞り出す姿は、全くもって大丈夫には見えない。 (いやいや、ほっとけるわけないだろ!) 「あっ、あのさ…とりあえず、立てそう…?」 速生は慌てつつ、地面に膝をついた夕人の体を起こしてあげようと、背中に手を回そうとした。 「!!」 その瞬間、夕人は思い切り、速生の腕を振り払った。 「さわんなっ!!!」 そう言って体を震わせて、涙の滲んだ瞳で睨み付ける。 その姿は、まるで何かに怯え切った子猫のようだった。 「はぁっ…はぁっ…………っ……」 それは警戒によるものだった。 背の高く体格も良い速生の、大きな手が背中に触れたことで思わず過剰な反応をしてしまったことに、夕人は後悔をした。 ーーー自分を助けてくれようとしている親切な相手に、下心なんてあるはずがないのに………。 「ご、ごめん…」 「っ…はぁっ…大丈夫なんで…さわん、ないで………」 肩を小刻みに震わせながら、夕人は背を向けた。 見られたくない。 たとえ知らない相手でも、こんなに、怯えた情けない姿を見せるくらいなら、放っておかれた方がましだ。 そう思わせるのは、夕人の中のわずかなプライドと、誰も信じられない、不信感だった。 「その…ここ寒いし、もし動けるならちょっと移動できないかと思ったんだ。 ごめん…」 (俺に何かされると思ったのか…?こんな、怖がって…どうして…) 夕人は横に首を振った。違う。おかしいのは自分だ。この人が、謝ることではない。 「…はぁっ……ごめん、なさい…はぁっ」 なんとか呼吸を整えようと頑張ってみるが、うまくいかず、苦しさと情けなさで、涙が溢れてくる。 速生は自分の着ているジャケットを脱ぎ、夕人の身体に羽織らせた。 触れることはできないにしても、小刻みに震える背中を放っておけなかった。 「無理しないでいいから、大丈夫だから…ゆっくり、息吸って」 なんの確証もなく、“大丈夫”と言って良かったのか?わからないけど、今はとにかく、落ち着かせてあげたかった。 「あのさ、俺、心配だからもう少しここにいるよ。何もしないし、だから、その…落ち着いて。大丈夫だから」 速生は地面に膝をついて、うつむいた夕人の顔をゆっくり覗き込んだ。 涙で濡れた頬は、少しずつ、赤みを取り戻しているように見えた。 ーーーなんで、こんなに優しくしてくれるんだろう。 速生の、見ず知らずの自分を心から心配する姿が、夕人には不思議で仕方なかった。 ーーこんなバカ親切なやつ、初めてだ。 おかしいよ、変なやつ………だけど……… 背中にかけられた上着から、温もりを感じた。 その優しさが心地よくて、不安と緊張で強張った身体が、少しずつ和らいでいく。 気づくと、少し、呼吸が落ち着いてきていた。

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