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始まりの日 -1-

相模家の引越しから数日が経ち…… あっという間の冬休みが終わり、3学期が始まる。 遂に、夕人が新しい中学に編入する日がやってきた。 「ーー夕人、…夕人!」 「……………ん…」 「夕人、起きろよ。遅刻するぞ?」 「ーーーーー!!」 その声に、静かに眠っていた夕人は飛び起きた。 目の前には、学生服を着た速生がいる。 「えっ…??な、…えっ?? は、速生……あれ?お前、なんでいんの??」 まだ少し寝ぼけてるのか、夕人はきょろきょろしている。 「いやぁ、一緒に学校行こうと思ってさ。今日からじゃん?夕人、絶対不安と緊張でドキドキしてるだろうし…けど、俺が一緒なら全く問題ないと…」 「いや…じゃなくて、なんでいま俺の部屋に居んのかって聞いてんだけど…。 ーーーどうやって入ったんだよ」 ーー速生が部屋に入ってきたことに全く気づかった自分のことも信じられないが、それ以上に、速生の突拍子のない行動には、驚かされてばかりだ。 「え?普通に玄関から…。夕人のおばさん入れてくれたぜ?」 「夕人ぉーーー! 起きたのー?速生くん、そっち上がったけど大丈夫だったぁー?」 母の声が一階から聞こえる。 もう上がってるわ!とツッコミを入れつつ、夕人は寝癖のついた黒髪を手で簡単に梳かしながら、ベッド横の卓上時計に目をやった。 AM6:40 ーーいや、今から行くの?学校へ? 早すぎだろ!! 「わり…俺、朝弱くて。低血圧とかもあるのかもだけど。 まだ何も準備できてないからさ、先行っててくんない?」 ーーこんな早朝から行ってなにする気だよ…。 「ええ〜〜〜…じゃあ待ってるから、準備しろよ。一緒に行きたいじゃん!初日だし!」 速生はまるで駄々っ子のように、その場を動かない。朝っぱらから、しかも寝起き直後にこのやりとりは、正直きつい……。 「〜〜〜わかったよ!着替えるから……ちょっと部屋出てくんない?」 「ええ〜〜?んだよ、そんな恥ずかしがらなくてもさぁ……俺らの仲じゃん。あっち向いとこうか?」 「出、ろ、って言ってんだよ。」 夕人の剣幕にさすがにこれ以上は怒られると思い、はーい。と速生は夕人の部屋から出た。 ーーんだよ、朝から…ほんと調子狂う。 壁にかけたハンガーから制服を外し、腕を通す。 『ガチャ…』 着替えを済ませた夕人が部屋から出てくる。 「ーーうわっ!夕人、学ランじゃん!すげぇ…初めて見た、生学ラン!」 実は、残りあと3ヶ月にも満たない中学校生活だけのために、新しい中学の制服を揃えるのは無駄が多く、学校側も相模家にそこまでさせるのは心苦しい…という配慮から、 卒業まで前の中学の時の制服で通学して良いと特別に許可をもらっていた。 速生が今着ている、新しい中学の制服はブレザーとネクタイだったが、学ランの上着をぬいでしまえば、下は白いカッターシャツ。 ズボン色もどちらも紺に近くさほど変わらない見た目ということも、許可に繋る理由だった。 「別に上はシャツにセーターでもいいって聞いてるんだけどさ…始業式だし、編入の挨拶とかもあるみたいで。一応上着も着ていくんだよ」 「しかも紺色の学ラン…初めて見たわ。 なんか、まるで漫画かアニメの主人公みたいだな…」 速生が羨望の眼差しで夕人を見る中、照れくさそうに、夕人は速生を見た。 「……その、さっきは言い方キツかったと思う……ごめん。 俺、人に着替えとか見られるの苦手なんだ」 「えっ…?あ…ああ…いや、全然気にしてねぇよ。そっか…。なんか、俺の方こそごめん」 (別に気にしてないのに。 ーー着替え見られるのが嫌?夕人って、思った以上にデリケートなんだな…。) 夕人は速生の言葉に安心したように、服で隠れた左肘から手首にかけて、その箇所に手を触れる。 ーーーもし、この傷を見られたら……… 「夕人?あのさ、じゃ、俺待ってるから。準備できたら、声かけてな?」 「あっ…うん、わかった。」 速生は足早に、隣家の自分の家に戻るため階段を降りた。 「あっ、速生くん!ごめんね〜、夕人、朝弱くて。起こしてくれてありがとうね」 リビングの前を通ると、朝食の準備が終わった夕人の母が速生に声をかけた。 「速生くん、朝ごはん食べた?うちのお父さんはもう車で仕事へ出てるから、夕人と2人だけなの。もし良かったら食べて行く?」 「いや、大丈夫っす。適当に食べてきたんで。ありがとうございます! ーーじゃあ、夕人。俺、自分ちの前で待ってるから。朝飯ちゃんと食えよ!」 「そう…?ごめんなさいね、待ってくれて。ありがとう」 その夕人の母の言葉に速生は軽くお辞儀して、“お邪魔しました!”と出ていった。 「速生くんのお母さん、お仕事が早朝勤務って言われてたわ。早くから準備なさって本当凄いわねぇ…速生くんも、しっかりしてるし。 ーー夕人、速生くんと仲良くなれそう?」 速生の母は、近所の老人ホームで介護福祉士として働いていて、仕事柄時間は変則的のため家を空けていることも多かった。 父も、単身赴任で県外にいるらしく、速生は基本的になんでも1人でこなせる力が身についていた。  そして、生まれ持った人柄だろうか。母に似た社交性に、いつも明るく、優しくて分け隔てなく人と接することができる速生は、きっと、どこにいっても人気者なんだろうと思えた。 心配性で夕人の交友関係や身の回りのことついていつも厳しい母が、速生に対しては、特別心を許しているのが見てわかった。 「ん、まあ…ね。 ーーーいいやつだよね、きっと」 顔を洗った夕人は、なぜか少し照れ臭くて目を伏せ気味に答える。 食卓テーブルに座って、サラダボウルに入れられたリーフサラダを一口、口に入れたーーー。

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