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道標 1-1

「ーーー夕人、……夕人」 「んん………」 「ーーー夕人、起きろよ。だから、あんまり寝てたら遅刻するって……」 「ーーーーーはっ!?」 夕人は自分を呼ぶ声に薄ら目を開けて、ベッドから跳ね起きた。 「な、なんだか……、デジャヴが…………。 あ、速生、おはよ……。わり、起こしてくれたのか助かる。 ーーーあの、いま何時?」 「え?えーっと、……5時40分。 俺、朝練で今日は先に行くから、一応夕人に一言言ってから行こうかな〜って」 夕人はその言葉にはぁーーー、と深いため息をついて、 「だーかーらーー、毎度毎度早いんだよ! いや、起こしてくれるのは助かるよ? おかげでいつも遅刻することなく学校向かえてるからさ、けど、速生が出た後俺、何したらいいわけ?バスの時間の7時40分まで。 朝食ゆ〜〜っくり食べたって、まだまだ時間余るよ?」 「うーん、それもそうだよなぁ。いや、だってさぁ、起こさずに先に行ったら、何だか不安になるんだよ。 夕人、まだ寝てたらどうしようって……… 可哀想に、俺が起こしてあげなかったばっかりに……遅刻して、生徒指導にキツく怒られ、廊下に立たされて、反省文を書かされて……」 「そんな悲惨なことになったの、あいにく今までに一度もないけどな」 夕人はベッドから出てあくびを噛み堪えると、”わかったよ、とりあえず起きたらいいんだろ…早朝起きるおじいちゃんみたいだな…”とブツブツ言いながら着替えの準備をし始める。 「よし、わかった!じゃあせっかく早起きしたし夕人も俺と今から一緒に行くか? 俺の朝練付き合えばいいじゃん!」 「嫌だし!付き合えるか! 寝起き早々ハードすぎるわ!」 そんなやり取りを、ほぼ毎日のように交わしながらーー…… 二人が、市立第一高校へ入学して、1ヶ月が経とうとしていた。 高校までの距離は約8kmほど、自転車でも頑張れば通えなくはないが、二人はいつもバス通学だった。 「じゃ、俺先に行っとくからな、ちゃんと朝飯食えよ?元気でねーぞ!白いご飯をしっかりとな!」 「わかったわかった……また後でな」 速生は夕人の顔を見てにこっ!と笑うと、部屋を出て階段を駆け降りて行った。 玄関から“お邪魔しましたー‼︎”という声が聞こえる。 「………はよ、母さん、朝ご飯できてる?」 「あら、夕人おはよう。今日も早いわねぇ、偉いじゃない。 今日のめざまし速生くんはまた一段と元気だったわね」 母がダイニングテーブルに朝食の準備をしながら夕人に笑いかける。 「いや、そんな“めざましテ○ビくん”みたいな言い方しないでよ……何か余計腹立ってくる……。 あのさ、いくら何でも人ん家に上がるのにこの時間はちょっと早すぎとか思わないの?母さんは…」 「んーそうねぇ……。まあ、速生くんだから、いいじゃない。 早起きは三文の徳って言うんだし、ほら、これだけ時間があれば朝ごはん、いっぱい食べて行けるわよ。 朝食しっかりとれば、その分勉強も捗るわよ?」 ーーーええ〜〜、なんか母さん、速生に甘くない……? この家に引っ越して、玖賀家と知り合ってからわずか数ヶ月足らず。 母の、速生を信頼し心を許している様子は夕人ですら驚くほどで、もしかして速生は母に何か賄賂でも渡したのか?と思えるほど。 「あ、今日お母さんね、玖賀さんと一緒に、高校のPTAから知らせのあった講演会を聞きに行って、その後お昼ご一緒することになってるのよ」 なんなら母同士はもっと仲良くしているようで、しょっちゅうランチしたり、高校のPTA役員を一緒に引き受けることに決めたり……とそれはそれでまた驚きだった。 「へぇ……仲良さそうだね……。 まぁ、楽しんできてよ」 “全然タイプ違うのに、”とぼそっと言った後。 ーーーいや、いつの年代も、何歳になったって……友人なんて、そんなものなのかもしれない、そう思った。 夕人は朝食をゆっくりと時間をかけて食べた後、ワイドショーと、父の既に読み終えたその日の朝刊に軽く目を通して、時間を潰した。

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