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道標 2-6

もう校内に残っている生徒は誰もいないのではないかと思えるほど、校舎の中はとても静かで、ただ、夕人と速生の足音だけが、響き渡る。 二人が下駄箱で靴を履き替えていた時だった。 『……ポツ、ポツ……サァァァァァーーーー』 「あ………雨…………」 夕人は突然降り出した雨に、とても憂鬱そうな顔で空を見上げた。 ーーーもう少し自分が早く帰り支度をしていれば、降らないうちに帰れていたのにーーー… それは速生を無駄に待たせてしまったことへの罪悪感から来る、表情だった。 「夕人、俺、職員室で傘借りてこようか?」 “雨に濡れて風邪でもひいたら、”という心配からくる、速生の気遣いの言葉に、夕人は首を横に振った。 「大丈夫。バス停すぐそこだし、走ろう」 「ん、OK」 二人は少し雨が弱まったタイミングを見計らい、走って校門をくぐった。 「はぁ……はぁ……ちょっと濡れちゃったな。」 門を出てすぐのバス停の屋根の下に入り、夕人は肩や髪についた雨の水滴を手で払う。 『ゴロゴロゴロゴロ………』 空には真っ黒な雨雲。その隙間で、青白い稲妻が蠢き、遠くでは雷鳴が光っている。 「……………」 夕人はバスの時刻表を確認する。 「うわ、バス、ちょうど出たとこだ。 次は10分後かーー…… 速生、ごめんな、俺のせいで遅くなっちゃって…」 「あ、いや…………大丈夫…」 なぜだろう。 どこか、速生の様子がおかしい。 ーーーさっきから、なんで急に黙ってるんだ? 校舎から出た途端……。 その時だった。 『ゴロゴロゴロ………ーーーピカッ!』 「ーーーうわぁぁっ!!」 一瞬目の前が光ったかと思うと、間を置くことなく、ドォン!という大きな雷鳴が響き渡った。 ほぼ同時に、大きな声をあげたのは……なんと、速生だった。 「えっ………は、速生…………?」 バス停の柱につかまりぎゅっと目を閉じて耐えている、速生の姿を、夕人は驚いて二度見する。 「あ、いや………実は、その、俺さ……… ………雷、苦手なんだ……」 「えっ………そ、そうなの……?」 気まずそうに、どこか申し訳なさそうに、速生は恐る恐る辺りを見回す。 「子供の頃に、目の前に雷が落ちたことがあって……。 別にケガとかは何もしなかったんだけど。 それ以来、ほんっとダメで………」 「へ、へぇ……なんか、意外…………」 この速生に、そんなにも怯えるほど、怖いものがあっただなんて。 「な、何だよ夕人、笑うなよ………。 本気で怖いんだぞ!あ、ほら…まだ、ゴロゴロ言ってるじゃん……」 少し半泣きで怯えている速生の姿を見て、つい「くすっ」と吹き出してしまい、夕人は謝った。 「ごめんって。いや、だってなんか…そのでかい身体でビビってる姿が、なんていうか、ミスマッチすぎてさぁ……。 大丈夫だよ、そんな怖がらなくても、ここには落ちたりしないって」 「そ、そんなこと……」 また、雷鳴が聞こえ始める。速生は下を向いて、ぎゅっと目を瞑ると、通学カバンを抱きかかえた。 「……………」 その様子を見た夕人は、速生に後ろから近寄った。 『ーーートン………』 「!」 速生の背中に手を当て、一定のリズムで優しく、“トン、トン、トン”と叩いた後、 背伸びをして、うつむく速生の頭を、優しく撫でていた。 「ゆ……っ、夕人………? あ、あの……………なにして……」 速生が驚いて思わず顔を上げても、夕人は、速生の、頭を撫でるのをやめようとしない。 「こうしてたら、怖くないかな…?って。 ほら、こうやって、撫でてたら……落ち着かない?」 (まるで、子供扱いだーーーー。) 「ゆ、夕人………っ!ちょ…っ……もういいって、」 速生は恥ずかしさのあまり顔を赤くして、それをやめさせようと、急いで夕人の手首を掴もうとする。 『…ぎゅ………っ』 髪を撫でていた夕人の指先に、速生の指先が絡んで、気付くと二人は、手を握り合っていた。 「あ…………」 目と目が合う。 ーーーパッ! 数秒もかからない沈黙の後、すぐに速生はその手を離し、目を逸らした。 「あの、ごめん…………。なんか、その……」 「いや……あの、俺の方こそ………、」 気まずい空気が流れる。何故か二人とも、顔を赤くして、うつむいていた。 静まり返った二人のあいだ、雨音だけが響き渡り…… 気付くと、さっきまで激しかった轟音の雷はどこか、遠くへと消え去っていた。 『ブロロロロロローーー……』 「あ、バス………来たよ」 「…………うん」 二人はただ静かに、バスに乗り込んだ。 「……………」 どちらからも会話を始めることはなくーー… ただ沈黙のまま、二人は、家路をバスに揺られていた。 どうして、こんなにも…… 胸が高鳴るのか…… その理由もわからないままーーー。

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