57 / 113
初めての夏 1-1
新緑の時期が終わり、空はすっかり夏めいて刺すような日差しが地面を照りつける。
夕人にとって、この市に引っ越してから初めての夏が始まった。
高校が夏休みに入って初めての週末、相模家は自宅でゆっくりめの朝食を食べ終わり、家族での団欒を過ごしていた。
「…………夏の風景画コンクール?」
夕人は父から手渡された申込用紙に目を落とす。
「ああ、うちの会社が今年から協賛してるコンクールでね。年齢制限はないんだけど、結構賞も多く用意してあるみたいで。
夕人、どうかな?何か描いて出してみないか」
応募条件の欄には”テーマ 夏の風景”とある。
「へぇ……夏に関する絵ならなんでもいいってこと?」
母が朝食の後片付けをしながら、
「でもこの暑い時期に、外でスケッチなんてできないんじゃないの?熱中症になっちゃうわよ」
「……それもそうだなぁ。
ーーーあ、じゃあ………こうしよう」
そう言って父は、書斎からデジタルカメラを持って、夕人に手渡した。
「これで、先に題材探しをしてきたらどうかな?
気に入った写真を撮って現像して、それを見て描く…っていう」
夕人は、写真を見ながら?と聞き返す。
「本物の風景を直接見ながら描くのが、そりゃ一番かもしれない。
けど、写真だって……その情景を思い出しながら描くことで、自分なりのアレンジや発見が出来るかもしれないぞ、ちょっとプロの取材っぽくてカッコよくないか?
きっと今の夕人にはいろんな経験が必要だとーーー…」
「そう言いながら父さん………実は、会社に参加者募るように言われたんじゃないの?
協賛元のお偉いさんから……とか?」
「ギクッ……」
父はバレたか、と言う顔をしつつ、「けど、これは絶対、夕人のためにもなると思うぞ!」と一歩も引くつもりはない。
「うん、まあ……なんか楽しそうだし。
じゃあとりあえずーー…題材探ししてみるよ。
デジカメ、借りるね」
母が小さく、“メンツが保たれたわねぇ、お父さん?”と呟くと、それを聞いた父は苦笑いをした。
夕人はデジカメを持って2階の自室へ向かった。
ーーー夏の風景画かーーー……。
夏といえば何があるだろう?と考えたが、そもそもこれまで、日差しの照り付ける暑い時期に、遊びに行くのはおろか出かけることもあまりしてこなかった夕人は、いまいち思いつかない。
ーーーうわ、なんか、俺って……実は結構、悲惨な高校生だったり……する?
これまでに友人とレジャー施設を利用したりなど全くしてこなかったツケがこんなところで回ってくるとは………。
完全なるインドア派の夕人には、そもそも、夏と言う時期はいわゆる世間一般の“リア充”たちが楽しむものだと、どこか自分とは無関係のような気がしていた。
ーーー夏なんて、暑いし、日焼けするし、虫は多いし………
ーーーいや、そんなこと思ってるから俺はいつまでも何もできないままなんじゃ…?
夕人は頭を抱えてから、机の上に置いたスマホをちら、と見た。
“おはよう、起きてる?”
夕人は、速生にメッセージを送っていた。
朝の9時とはいえ、夏休みに入ってまだわずか数日。
ーーーもしかしてまだ寝てるかも…と思った瞬間。
“起きてるよ!”
“どうした?”
「えー……返信はやっ!」
まだ送ってから1分も経ってないんだけど……。
夕人はどう切り出そう…と、少し悩んでから、
“ちょっと相談が”
送った瞬間。
『ーーータンタンタンタンッ……ガチャ!!』
「夕人ーーーー!!」
「うわぁあぁぁ!?!!」
突然部屋のドアを開けて目の前に現れた速生に驚き、夕人は思わず叫んだ。
「はよ!どうした!?相談って!」
「ええぇ……いや確かに、送ったけど…普通、そんなすぐ来る?」
夕人は速生のフットワークの軽さ、というよりも……異常なほどの反応の早さに、もはやドン引きな表情をする。
「いやぁ〜夕人からメッセージきて、いてもたってもいられず……」
「ええぇ?いやだって、送ってからまだ3分とか経ってないよ?なに、速生もしかして俺ん家住んでんの?それかどこかに実は隠し通路とか……」
「ははは、そんなまさか。」
すると一階 から、母の声が聞こえる。
「夕人ぉーーー!速生くんのお茶、あとで取りにきてねー!」
「あ、はーーーい…」
ーーーこの状況を不思議に思ってるのは、もはや俺だけか……
ともだちにシェアしよう!