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初めての夏 1-5
「へぇ……土曜夜市・納涼夏祭りかーーーー…」
商店街の入り口には大きな立看板が置かれており、そこには祭りの会場の場所や臨時駐車場など、詳細が記されていた。
「あ、花火大会もあるみたいだぜ?」
「へぇ…………」
電球色のオレンジに照らされるまばゆい商店街には、露店が街路を挟んで立ち並び、浴衣を着た学生や、子連れの家族、カップルが行き交う。
二人はその間を歩いた。
「俺、お祭りって…………初めてかも」
「えっ…本当に?」
夕人の言葉に速生は驚く。
「ああ…いや、それこそ子供の時は連れて行ってもらったりしたかもしれないけど…あまり記憶にないな。
露店とかも、こんなに間近で見るの初めてだ。本当に売ってんだな、こういうのーーー…」
“たこ焼き”
“金魚すくい”
“ベビーカステラ”
“射的”
“綿菓子”…………
様々な屋台が立ち並び、頭に白いタオルを巻いた年配男性が「いらっしゃい!」と声をかける。
楽しそうに、はしゃぐ人々。
日常ではまず味わうことのない、少し暑く、いろんな匂いが立ち込めるその場所では、二人は、誰からも気にされることなくーー…
ざわめく人混みの中。
ただ、夕人と速生は、そこでは本当に……
”ふたりだけ”だった。
「そう、なんだーーー…。
………あ、ちょっと、そこで待ってて?」
速生は周りを見渡してある露店を見つけると、走って駆け寄る。
路端の自販機の横に移動して立ち止まり、夕人は不思議そうに、何かを買っている速生を眺めていた。
「ーーーお待たせ。ほら、これ」
そう言って速生が手渡したのは、大きな林檎が丸ごと赤い水飴でコーティングされた、リンゴ飴だった。
「えっ………これ、俺に?」
透明のフィルムで包装されたそのリンゴ飴は、屋台の電球と街灯に照らされて、きらきらと光り…
つるんとした丸い形は、まるでガラス細工のように、輝きを放つ。
「なんか、似合いそうだなって思ってさ」
両手で受け取り、目を見開いて、夕人はとても嬉しそうにそれを見つめた。
「ありがとう…………」
まるで宝物を見つめるように、小さな子供のように……目を輝かせてリンゴ飴を見つめる夕人を、速生はただ微笑んで見ていた。
「さすが夕人、映えるな〜。インスタあげちゃう?バズるかもよ」
「……やってんの?インスタ」
「うそうそ。言ってみたかっただけ」
「はは、なにそれ」
夕人は笑いながら、視線を落とす。
「これ、食べるの勿体無いな……。
家に持って帰って、ずっと飾ってたい」
「あはは、そんなの。また、来たらいいじゃん。
その時買ってやるよ」
“また”ーーー?
またいつか、二人だけで、来られる時がくるんだろうか?
夕人は手に持つリンゴ飴を見つめて、ひとり思った。
ーーーこうして、いつまでも……
速生と、二人で出かけて、いろんなものを見て、聞いて、話して……
果たしてそれは本当に、これからもずっと続いていくんだろうか?
ーーーこんな自分のことを、こんなにも、気にかけてくれる速生に、
俺は、何も、返すことはできていないのに。
ーーーただ、受け取るばかりで。
とてももどかしく感じて、
そして同時に、とても不安になった。
ーーーいつか、飽きられてしまうんじゃないか。
こんなにも何もできない、面白いことも言えない、気遣いもできない……
そんな自分に、速生は……。
ーーーどうして?
こんなにも優しくて、あたたかくて、いつだってそばにいて、安心させてくれるーーーー
視線を上げて、隣を歩く速生の横顔を見つめた。
「……………ん?」
不安な顔で見つめても、速生は、いつだって笑顔で………
なぜだろう、とても、切なくて……胸が締め付けられた。
露店の立ち並びの最後が見えて、二人が商店街の突き当たりまで来た時だった。
ーーーーヒューーーードォン!
ーーーーーパチパチパチ………
「わぁ…………」
すっかりと薄暗くなった夜空に、打ち上げ花火が咲いた。
大きな花火が上がった後、赤、青、黄色……小さな光の玉が頭上に散らばり、あたりにいる人たちは動きを止めて、その情景を眺めた。
「…綺麗だな………。
ーーーーあっ、夕人………写真!」
速生が思いついたように夕人に向かって、カメラ、と目で合図をする。
夕人が慌ててカメラの電源を入れて空に向かって構えると、電子音が響いた。
『…………ピーーーーー…』
「あっ……。はは……電池切れ。」
夕人は苦笑いした。
速生もその表情 を見て笑って、二人はまた、空を見上げた。
「夏っていえば……花火だな。まったく思い付かなかったけど」
「うんーーーー……」
だけど、
写真に撮らなくてもいい、そう思った。
今はーー……ただ、きっと今しか見ることのできないこの光景を、気持ちを、感動を………
目に焼き付けていたい。
きっと、この景色を、忘れることはない。
そう思えたから。
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