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告白 1-2

ーーーガラ…… 図書室に着いた夕人は、借りていたゴーギャンの画集を返却棚に戻し、中を覗く。 文化祭の準備で忙しくしているためか、図書室には誰も居らず、無人の室内は静まりわたっていた。 ”世界地理・歴史”の棚の前までやってきて、頭上の本のタイトルを一つずつ見て探す。 ーーーアメリカ、西海岸…カリフォルニア…あ、これかな……? 夕人は自分の身長よりも高い一番上段の棚に手を伸ばした。 「……っ、もう少し………」 あと少しのところで届かず、目一杯背伸びをして腕を震わせながら、”脚立持ってくれば良かった…”と思ったその時。 ーーースッ 「…………これか?」 後ろから手が伸びて、分厚い“アメリカ合衆国・歴史”の本が棚から抜き取られた。 「あ…………」 「ーーーん。他はない?」 後ろを振り向くと、パック牛乳を片手に持った速生が立っていた。 「あ、ありがと………。あれ、速生、何でここに?」 速生は口にくわえていたストローを離すと、夕人に本を手渡す。 「バスケ部、1、2年達文化祭のクラスの出し物準備で忙しいみたいでさ、全然集まらなくてもう練習終わらせたんだよ。 美術部室行ったら、夕人はおつかいに行ってるってきいたから」 「お、おつかいって……。って、速生お前、ここ飲食禁止だぞ?しかも牛乳……」 「あ、マジで?まあまあ、そこは内密に……一口どう?」 「いやいや、飲みかけの牛乳とかマジ嫌だわ」 夕人は速生が棚から取り出してくれた本を数冊机に置き、ページを開いて眺める。 「今年の軽音部のライブ、すっげぇ気合い入ってるみたいだぜ?三年が卒業前に張り切ってるって。 ーーなんていうか、美術部も大変だな。」 「ん?まあなーー…。 でも、それなら尚更、引き受けた以上はイメージに合ういいやつ作んないとなんか悪いじゃん?」 夕人は本にあらかた目を通して、ふぅ、とため息をつく。 「んー……参考になりそうな本はなさそうだ……どうしよう……」 やはり校内図書は文献の資料ばかりで、イメージに繋がる写真やイラストが載っている本は見当たらなかった。夕人は頭を悩ませる。 「他にどこか、資料になるものが置いてる場所あるかな………」 悩む夕人を見て、速生はふと思いついて提案する。 「なぁ、市立図書館は?そっちまで行けばいろいろあるんじゃねぇの?」 「ーーー図書館?」 ふと、夕人は思い出した。 二人が出会った、あの雪の日ーーー。 速生のことを知るための手がかりを探していたとき、上着のポケットの中から見つけた市立図書館の貸出カード、“HAYAMI KUGA”の文字ーー。 あの時の情景は、今でもはっきりと思い出せる。 「……速生って、そういえば図書館のカード持ってたよな。意外な感じ」 「え?はは、まあな。中学の時、ちょっと作る羽目になって。最近は全然利用してないけど……あれ、何で知ってんの?」 「えっ?あ、あぁ……えっと、何でだったっけ?……忘れた」 夕人はなぜか、言えずに誤魔化した。 速生にもう会えないかも知れないと思っていたあの時…上着のポケットからカードを見つけた瞬間の衝撃や嬉しさは、誰にも、速生本人にさえも、教えずに内緒にしていたかった。 「あ……じゃあさ、俺、今から借りてきてやるよ。市立図書館ならすぐそこだし……30分もあれば戻って来れると思うから」 「えっ……そんなの…。 それなら、俺も一緒に……」 速生は通学カバンの中をゴソゴソと探して、ほら、あった。とカードケースを取り出した。 「夕人は今から部活戻んないとだろ? いいから任せとけって。…俺も、なにか夕人の力になりたいんだよ」 「速生…………」 申し訳ない、と思いつつ……ここは速生の言葉に甘えることにした。 夕人はとりあえず速生に借りてきて欲しい資料の説明をしてから、“見つからなければ無理しなくていいから”と伝えた。 「ーー任せて。次は俺がおつかいの番だな。 ま、わかんなかったら携帯からメッセージ送るよ」 それだけ言い残して、速生は足早に校舎から出ていく。 下駄箱で速生を見送った夕人は、部室へ戻ろうとした足を一瞬止めた。 ーーーーー…………。 その時、なぜかーー…胸騒ぎがした。 振り返った時には、速生の姿は見えなくなっていた。

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