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4.体育館前へ急いで

瀬戸教授との話を終えた夕人は、美術部室に戻り、瀬戸に受付の代わりをしてくれていたことへお礼を伝えた。 「ゆっくり話ができたなら良かったよ。 俺、守江ーー…その一緒に来た連れがちょっとSOSみたいで。トイレに迎えに行かなきゃいけないからこの辺で失礼するよ。叔父さんも、もう大丈夫?」 「ん?あぁ。相模くん、貴重な時間をどうも、ありがとう。 高校最後の文化祭、楽しんで。」 瀬戸教授は柔らかい笑顔で夕人に一言伝える。 「はいーー…こちらこそ、わざわざありがとうございました。瀬戸さんも。 また、いつか…」 夕人のその言葉に、瀬戸は爽やかに微笑み、「そうだ、バスケ部の、仲良しさんの玖賀くんにもよろしくね」とだけ言って瀬戸教授と足早に廊下を歩いていく。 ーーー瀬戸さん、速生のこと、どうして知ってるんだったっけ…? その言葉を不思議に思ったが、瀬戸と速生の接点をどうにも思い出せず、モヤモヤとしていると、 「相模くーん!ご、ごめん、遅くなって…」 ほどなくして美術部部長が駆け足で1人美術部室へと戻ってきた。 両手にジュースにお菓子、何かの景品のようなおもちゃ、ハンドメイドのハンカチや筆箱ポーチなど、たくさん抱えている。 「いや…その、行くところ行くところで、なんでもやれ!好きなもの買ってやるから選べ!ってあいつ言ってくるもんだから……相模くん,好きなものあったら持って行っていいよ」 照れくさそうにしながら美術部部長は夕人に遅くなった理由を説明するが、その声は生き生きと弾んでいて、“とても楽しかった”と顔に書いてある。 「いや、大丈夫。全部部長が貰っときなよ。 ーーそれより、ごめん、俺、もう行かないと……」 そう言って夕人は時計に目をやった。 ーーー15:25 速生との約束の3時をとうに過ぎてしまっている。 連絡すらも出来ていない、速生への申し訳なさで焦りと不安な心につい早口になってしまった。 「あっ、そっか…ごめんね。なんだか…俺のせいで」 「いや、気にしないで。 でも部長、4時から軽音部のライブ始まるから、生徒みんな体育館に向かうと思うしーー…きっともう受付はしなくていいよ。 部長も、準備ができたら、ライブ観に行きなよ?」 「ーーーうん、そうだね……。 わかった、ありがとう相模くん」 夕人は軽く微笑んで、急ぎ足で体育館へと向かった。 ーーー速生……どこだ……っ…? 体育館前、もうすぐ軽音部のライブ開始ともあって集まってきた観客の人混みの中を夕人は必死に、速生の姿を探す。 ーーーいない……、そうだ、電話……! 夕人はポケットからスマホを取り出して速生に電話をかけようとした……その時。 「…………だぁーーれだっ?」 突然後ろから目隠しをされ夕人は「ひあっ⁉︎」と変な声を上げてしまう。 「……は、速生ーーー…?」 「ふふふ、正解」 (夕人、今“ひあっ⁉︎”って言った?なんだよ、かわいいな……) 目元を隠された手が離され,夕人が後ろを振り向くと、そこには笑顔の速生が立っていた。 「って俺にこんなことするのなんて、お前しかいないよ….。 ーーーあの、ごめん……遅くなって。いろいろあって……いや、言い訳したらダメだな。 ほんっとごめん。退屈だっただろ?」 珍しく素直に謝り倒す夕人の姿に、速生はまったく気にしてない様子で、 「全然大丈夫だぜ? ーーついさっきまで、そこの囲碁部の体験会で、囲碁部部長と一局打ってたから」 「ーーーえっ?い、囲碁部?? 速生、囲碁できんの…………?」 うん。とわりと普通の反応でうなずく速生に、正直意外すぎる、と夕人は目を丸くする。 「子供の時から、母さんに付き合ってじいちゃんばあちゃんの施設遊びに行ってたからなぁー、なんか、気づいたら出来るようになってたんだよな。 え?普通じゃね?」 「いや…………普通じゃないと思う…。 なんていうか速生って、マルチ人間だな……どこでも生きていけそう、というか。 そういうとこ、尊敬するよ」 なんだそれ、照れるな〜。と笑う速生を見て、少しホッとして夕人まで笑顔になる。 「あ、体育館入場開始になったぞ!夕人、入る?」 「あーーー……うん」 “軽音部・準備中”という札がかかり閉まっていた入り口の押し扉が、顧問の音楽教師によって札が外され解放された。 いち早く、並んでいた生徒たちやOBらしき観客がぞろぞろと特設会場の中へと入っていく。 それに続いて、夕人と速生の二人も一緒に体育館内へ入った。

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