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第43話
それから一ヶ月半後に、蒼空は研修を終えて三笠のもとへ帰ってきた。
蒼空は会社の部品部門で働き始めた。それ以外は、以前と変わらない日々だ。
たまには喧嘩をすることもあるけれど、三笠と蒼空は二人の仲を育んでいった。
また五年後……。三笠の愛しい蒼空は傍にいる。
「今日からお世話になります、川上蒼空です。どうぞよろしくお願いします」
蒼空は礼儀正しく頭を下げた。
蒼空は義父であった山之内が逮捕されたことで、後に籍を抜き母親の旧姓を名乗るようになっていたのだ。
周囲には初対面の人間が複数いて、「よろしく」と言いながら拍手をしてくれた。その中には三笠もいる。
蒼空がいるのは、三笠が勤務する警察署だ。蒼空が母親の事件で事情を聞かれた場所だ。彼は、今日からここで勤務をする。
蒼空は製造業に勤めながら警察官になるための勉強をして、二度目の試験で合格をした。
心苦しくはあった ものの製造の仕事を辞め、三年間は交番で勤務をしてきた。
そして四年目になり、何と三笠の職場に配属されたのだ。
「川上くんだっけ。俺、雪田。よろしくな」
そう話しかけてきたのは、以前から三笠と一緒に働いている雪田だった。
「あ、よ、よろしくお願いします」
蒼空は深々と頭を下げた。
雪田は過去に蒼空がここに違う理由で来たことを、覚えていないのだろうか。
その様子を見ていた三笠は、何となくそうだといいなと思った。
午後になり、仕事がひと段落した時に、三笠は蒼空を休憩室へと誘った。これからは、署内で落ち着いて業務を行えない日も増えてくるだろう。初日である今日くらいは休憩時間を設けても良いと思ったのだ。幸い、今日は大きな事件は発生していない。
三笠が休憩室の椅子に座ると、何故か蒼空はその隣に腰をかけた。
「俺、部署の人たちが俺のことを覚えていたらどうしようと思ってたんですよね。取り調べ受けたし、一応殺人犯の息子だったし……」
「あぁ……。気にすることはないさ。君は何も悪いことしてないんだから」
「でもまさか……三笠さんの署に配属されるとは思いませんでした。でも、やっぱ嬉しいです」
そう言うと、蒼空は隣に座る三笠にキスをした。その顔は、幸せに満ちているようだった。
「そっ、蒼空くん……何するんだ。ここは職場だぞ?」
三笠は顔を真っ赤にして自身の口元に手を当てた。まさか、こんな不意打ちを食らわせられるとは思わなかった。
「うん、ごめんなさい。誰もいなかったから、つい」
「これからは勤務中はこういうのはダメだからな?」
「分かってます。あ、そういえば」
「何?」
「あの女の人……いないみたいですね。前に、家に来てた人いましたよね」
記憶力が良いものだ。蒼空が言っているのは佐久間のことだ。
「あぁ、佐久間のことか?彼女は春から他の署に異動したよ。君と入れ違いだ」
「そうだったんですか。あの人も、いるのかと思ってました」
蒼空の声が少し沈む。彼にとって、佐久間のことは少し苦い思い出なのだろうか。
「自分で、異動したいって願い出たんだ。俺といるのが辛くなったのかな」
佐久間が部屋を訪れた日、三笠らが部屋に戻った後に佐久間にはメールで連絡をしていた。
その後の彼女は、普通に業務を行っていたし、平気そうに見えた。しかしそれは、ずっと無理をしていたのだろうか。もしかしたら、三笠への想いを断ち切れずに苦悩し続けていたのかもしれない。
「これからも、よろしくお願いいたしますね。俺、頑張りますから」
笑顔で言う蒼空に、三笠はそっと頭を撫でた。
「よろしく、俺の蒼空くん。でも、仕事でも家でも一緒だったら俺に飽きたりしないかな」
「まさか。この状況は、俺にとって願ったり叶ったりですよ。俺、三笠さんと四六時中一緒にいたいから」
「まいったな」
三笠は照れたように笑う。そして、周囲を見渡してから蒼空に顔を近づけた。
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