49 / 63

第49話

 署に連行されてきた男を事情聴取したのは、三笠だ。自分の恋人に何てことをしてくれたんだと内心思うが、仕事はしっかりと果たさなければいけない。 「名前は?」   既に身元は分かっていたが、敢えて確認する。  「加藤。加藤晃……」 「加藤晃ね……。何歳?」 「二十三……」  蒼空と出会った時の彼と同じ年齢だ。警戒心を露わにして、全身の針を立てているハリネズミのようだ。 「普段は、何してるの?」  そう問うと、加藤は睨みつけてきた。 「どうせ、もう分かってるんだろ?いちいち聞くな」  不機嫌さを隠そうともしない彼に、三笠は内心溜め息を吐いた。 「分かったよ。君は、もう殺人未遂の容疑がかかっている。刑事を刺したからね」 「そうだよ。あんただって見ただろ。俺の人生なんてもうお終いなんだよ。どうでも良い」 「そんなことない。罪を償ったらやり直せるさ」 「そんなの綺麗事だろ。で、あいつはどうなったんだよ」 「俺が刺したヤツだよ」 「あぁ……一命を取り留めたよ」 「そうかよ……」   どこかを見つめながら呟いた加藤の顔には、どこか安堵の色々が滲んでいた。 「あのナイフは、何で持っていたの?」 「……護身用」 「護身用?」  三笠は酷く驚いた。今の若者は護身用にナイフを持ち歩くのだろうか。いや、それは違うだろう。 「狙われてるから、俺」 「え、狙われてる?誰に?」  思っても見なかった答えに、三笠は驚いた。 「母親の……再婚相手……」 「どういうことだ?」  あまり加藤を刺激しないように感情を抑えて質問する。 「……まぁ、前から折り合い悪くて……殴られたりとか……」 「そうだったのか……」  彼の表情に暗い陰のようなものが感じられるのは、そのせいだろうか。しかし、加藤にはまだ隠された闇がありそうだ。  三笠は一旦話を世間話に逸らし、加藤が話しやすくなる雰囲気を作った。すると加藤は、より雄弁に語るようになる。 「本当の父さんは、俺が小学生の頃に死んじまったんだ。二年後に母さんが再婚して……」  加藤が語ることに、三笠は黙って耳を傾けた。 「けど、そいつがとんでもない野郎だった。一生俺達を守るって約束したのに……」  その表情からは、義父への嫌悪感が溢れていた。 「そんなに憎しみを募らせるなんて、一体何があったの?言いたくなきゃ、無理に言わなくてもいいけど」 「……あいつは最低だ。まだ小学生だった俺に手を出しやがった」 「手を出した?」 「抵抗できない俺を、好き勝手に弄んだんだよ」  どこかで聞いたような話だと思ったら、かつての蒼空の境遇に似ていた。それに気付くと、三笠の胸は苦しくなった。 「余計なことを言ったな……。誰にも言うなよ」 「分かってるよ。で、お父さんは現在はどうなの?」 「母親も離婚したし、俺も会わないようにしてる。けど、たまに会いに来たりするから……来たら来たで暴れるし……」  それなのに、今まで耐えてきたというのだろうか。 「それを我慢してたの?警察に相談すれば……」  すると、加藤の目が鋭くなった。 「言ったって何もしてくれないだろ!言うだけ無駄だ」 「そんなことない。状況を改善できたかもしれないだろ?」 「もう、遅い……こんなことになったら、改善もクソもないだろ」  加藤は涙を堪えきれず、テーブルに突っ伏した。 「バイクに放火したのは、君か?」  静かに三笠が問うと、加藤は突っ伏したまま「そうだよ」と答えた。 「もしかして……廃材と、もう一つのボヤ騒ぎも……」  三笠の質問に、加藤は身を起こした。 「あぁ。俺がやったよ。アイツのこともそうだけど……人生、いいことなしだからな。むしゃくしゃしてたんだ」  三件の放火は加藤の犯行であり、自分の身の上に嫌気が差してのことだったのか。「そうか……。放火自体罪が重い。しかも三件だ。おまけに、君は殺人未遂まで犯した。間違いないか?」  三笠が加藤の罪を述べると、目の前の男は面倒そうな顔をした。 「そうだって。もういいよ、俺の人生なんて終わったんだ。早く牢屋にぶち込んでくれ」 「まだ若いんだから、罪を償ってやり直せば良い。諦めるな」 「そんなの、綺麗ごとだ……それに、ムショから出てこれるかなんてわかんねぇだろ……」  空虚な目をした男は、そっぽを向いてしまった。  何とか加藤の供述は取れたため、彼はこれから償いの日々が待っている。放火を三件も重ねたことは罪が重いが、それに殺人未遂も加わるため、加藤の塀の中での暮らしは長くなるかもしれない。刑はこれから決まるものの、三笠にはそう思えてならない。

ともだちにシェアしよう!